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「急かされる」・・・知り合いから聞いた怪談。

会社の保養所や研修所などといったところには、
不思議なお話があったりします。
身近でありながら、何かしら距離を感じてしまうのかもしれません。

今回は、そんなお話です。

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『急かされる』   by 夢乃玉堂

これは友人の小野君(仮名)から聞いた話です。

小野君の働いている会社は、入社してすぐ社員研修があります。

新人に社会人としての基本を学ばせると同時に、
どの部署に向いているか適性を見極めるためのもので、
新入社員全員が参加。

3泊4日の研修期間中は、富士山の近くにある会社の保養所で、
4人一部屋で過ごします。

部屋はトイレバスの他に洗濯室もあり、それなりの広さもあるのですが
男4人が交代で風呂に入るのがやっかいで、
毎夜阿弥陀くじで順番を決めていました。
4番目を引いてしまった人はかなり遅い時間まで待たなければならず、
小野君たちは毎回仕事よりも真剣にくじに取り組んでいました。

1日目2日目と4番目だった小野君でしたが
3日目の夜、幸運にも一番目を引き当てました。

「お先に!」

と言ってタオル片手にそそくさと、洗濯室を抜けて風呂に向かい、
鼻歌混じりに汗を流し始めました。

ところが小野君が気持ちよく体を洗っていると、

ドンドンドドン! 

とドアを叩く音がして、
すりガラスのドアに浴衣姿の影が見えました。

「すぐ出るから急かすなよ~」

小野君は軽く返事して頭を洗い始めたのですが、すぐにまた・・・

ドンドンドドン!

「しつこいなぁ。頭くらい洗わせろよ」

それでもまた。

ドンドンドドン!

出てから絶対とっちめてやる。と決めて返事をするのやめ、
手早く体中の泡を流して、浴室を出て行きました。

「おい! 早く入りたいのは分かるけど、ちょっとしつこいぞ!」

と怒鳴ると、部屋にいた三人は不思議そうな顔をして、小野君を振り返りました。

小野君は犯人を特定しようと部屋の三人を眺めましたが、
浴衣を着ている者はいません。

「ちッ。浴衣脱いで誤魔化そうって言うんだな。
誰だ! 風呂場のドアを叩いたのは!」

「ドアを叩いた? 誰が?」

「浴衣着た奴だよ。何度も何度も叩きやがってしつこいんだよ」

しかし、三人は口をそろえて、

「誰も風呂の方になんか行ってないし、そもそも浴衣なんか無いだろう。
全員寝間着持ち込みの研修なんだから」

言われて小野君は気が付きました。

風呂場と寝室の間には洗濯室があり、小野君は寝室と洗濯室の間の鍵を掛けて浴室に入っていたのです。

寝室にいた3人が浴室の方のドアまで来られるはずは無いのです。

「なあ。小野。そのドア叩いてるのって、こんな感じか?」

ドンドンドドン。

一番手前にいた松井君が机を叩いて聞いてきました。

「あ、ああ。そうだけど」

「そうか・・・」

松井君の表情が一瞬で暗くなりました。

「何だよ。松井がやったのか?」

「いや。俺じゃない。昨日最初に入ったのは俺だったろう。
その時も同じようにドアを叩かれたんだ。ドンドンドドンって」

「俺も聞いた。一昨日」

松井君の言葉に続いて口を開いたのは、一昨日最初に風呂に入った田辺君でした。

「でもガキっぽい悪戯に腹を立てると、こちらが笑われるような気がして
黙ってたんだ。」

小野君はせっかく温まった体がすうーっと冷えていくような気がしました。

その夜、残りの3人は風呂に入らずに寝ることにしたのですが、
結局、4人とも眠れずに朝を迎えたのです。

誰かがウトウトと眠りそうになると、浴室からシャワーの音が聞こえ、
確かめにいくと誰もいないしシャワーも流れていない。
そんなことが一晩中続いたからでした。

数年後、なぜか会社の新人研修は無くなり、保養所もよその会社に
売り払われてしまったということです。

                       おわり


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夢乃玉堂
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