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「自転車置き場の対決」後編・・・ラジオ用修正版。恋人たちの運命は。


以前ラヂオつくばで朗読された作品を修正、再録いたします。


『自転車置き場の対決 後編』


放課後、職員室に呼び出されて遅くなった麻田等は、
同じクラスで野球部のピッチャーの畑中徹に声を掛けられ
一緒に帰る事になった。

畑中とともに自転車置き場に行くと
畑中と付き合っていると噂のB組の笠谷ひとみが待っていた。

麻田は、ひとみに「席を外そうか」と言い、
畑中には「逃げない方が良い。辛いのは相手も同じだから」と言って、
通路の端から、自転車置き場の二人を見守ることにした。
危険な事態になったら、すぐに仲裁するつもりだったからだ。

・・・・・・・・

しかし、そんな修羅場は訪れなかった。
ひとみは、泣き出したり、すがり付いたりする様子はなく、
終始しっかりとした様子で話をしている。

畑中は、ただうなだれて話を聞き、時々小さく頷くだけだった。
試合の時のカッコよさは微塵も感じられず、
麻田は逆に可哀そうに思えてきた。

5分も経たずに話はついた。

ひとみが畑中の傍から離れて、麻田の方に歩いてきた。

「ありがとうね」

凛とした涼やかな顔がすれ違いざまに言った。

麻田は、「いや・・・」としか答えられなかった。

ひとみが校門の向こうに消えたのを見計らい、
畑中が自転車を押しながら近づいてきた。
麻田は黙って頷き、二人はともに歩きだした。

校門までの100メートル。一緒に歩く二人は何も語らなかった。

校門を抜けたところで、畑中は、「じゃあ」と言って自転車にまたがり、
先に帰った笠谷ひとみとは逆方向に走り出した。

一人残された麻田は、幾分釈然としない気持ちが残っていたが、
あえて詳細を知りたいとは思わなかった。
真っ赤に燃えるような茜空に、下校を促すサイレンが流れていた。

その後卒業まで、畑中は麻田と顔を合わせても、
一緒に帰ろうと言うことは無かった。


それから25年が過ぎた。

久しぶりに同窓会を行うという知らせが届き、
地元で有名なフランス料理のレストランで、麻田と笠谷ひとみは再会した。

長い巻き髪をなびかせ、
大きなエメラルドのネックレスとサファイアの指輪、
高級ブランドのシックなドレスを身に着けたひとみは、
老け込み始めた同期の中でひときわ輝いて見えた。

「麻田君知ってる? 卒業して3年目くらいかな、
畑中君が交通事故で亡くなったのよ」

ご無沙汰、の挨拶もそこそこに、ひとみは重い話題を振ってきた。

「携帯で話しながら横断歩道を渡ってて、
車に気づかなかったんだって」

麻田の頭に、喋りすぎるエースの顔が浮かんだ。

「畑中君って、ずっと喋ってたでしょ。
私が何か聞きたくても、質問するタイミングを作らないのよ。
ずっと喋り続けてれば、相手から何か聞かれる心配はないし、
聞かれなければ本心を知られずに済むから。
自分が傷ついたり、相手を傷つけたりするような
話題にならないよう、予防線を張ってたのね。
ある意味優しいといえるけど・・・卑怯とも言えるわね」

麻田が相槌を打ついとまも与えず、ひとみは当時の思い出を話し続けた。

「あの時彼、後輩のマネージャーと浮気してたの。
一緒に試合に行ってるうちに、いつの間にか、そうなってたんだって。
私、悔しくて、毎日ナイフを持ち歩いてた。

勿論、誰かを刺すつもりはないけど、やろうと思えばできたし、
もしかしたらあの自転車置き場で使ってたかもしれない。
でもね・・・あなたのおかげで使わずに済んだのよ」

麻田は、畑中と帰ったあの放課後の出来事を
必死に思い出そうとした。

夕日で。
ひとみがやってきて。
席を外して。
二人きりにして・・・。

「俺、何かしたっけ」と聞く前にひとみが説明し始めた。

「麻田君あの時、
『辛いのは相手も同じだ』って畑中君に言ったでしょ。覚えてる?
私、あれ、自分に言われたような気がしたの。
それでちょっと俯いたら
置いてある自転車のミラーに自分の顔が映ったのよ。

酷い顔してた。

見たら、畑中君も本当に辛そうな顔をしてる。
ああ。ここで私が何かしても、
誰も救われないなって思ったら急に冷静になって、
彼が何を言っても、どんな言い訳をしても全然平気で腹も立たなかった。
最後は彼に、『お幸せに』って言って別れたのよ。
ううん。強がりでも皮肉でもなく、本心からそう言えたの。
だから今も、これが傍にあるの」

ひとみは、ブランド物のハンドバッグの口を開けて、
小型の登山ナイフを取り出して見せた。

「え!」

麻田は思わず息をのんだ。
華やかで裕福そうなひとみの人生の中に、
今もナイフを向けたくなるような相手がいるのだろうか。
それとも・・・

「ふふ。大丈夫よ。
私、昔からこういうナイフが大好きだったから。
今は外国製登山ナイフの輸入代理店をやってるの。
結構儲かるのよぉ。じゃあね。感謝してるわよ」

ひとみは、手早くナイフを仕舞い、
笑顔を残して他のテーブルに移って行った。

麻田は、あの日と同じようにひとり残された。

「喋り続けるのは、本心を知られたくないから・・・」

遠くのテーブルで同窓生に囲まれ、
ひとみは昔と変わらぬ笑顔で話し続けていた。


                      おわり

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