『七姉妹の滝』前編・・・不思議な伝説。美人姉妹に求婚し続けた男は。
先日、ラヂオつくばで朗読された作品を、さらに加筆した物語です。
フィヨルドの美しい景観を想像しながらお読みください。
『七姉妹の滝』前編
スカンジナビア半島、ノルウエーの沿岸部には、
フィヨルドと呼ばれる独特の景観が連なっています。
高さ1500メートルに及ぶ崖が海に臨み、
挟まれた険しい峡谷には、様々な伝説が伝えらているのです。
ある日のこと。
ヤンという男が、フィヨルドの奥深い場所にある小さな集落を訪れました。
「おい、ヤン。求婚魔。まだプロポーズし続けてるのか」
仲間たちは、そう言ってヤンをからかいました。
生活物資を届ける仕事をしているヤンはとても惚れっぽく、
この村に住む七人の姉妹に、プロポーズをし続けていたからです。
あれ? ちょっとおかしいですね。
プロポーズとは、求婚をする瞬間のこと。
あまり「し続けている」とは言いませんよね。
でもヤンは、プロポーズし続けているんです。
始まりは、ヤンが山を越えて、この村に入ってきた時の事でした。
フィヨルドの村々は、ほとんどが海で繋がり、船で物資を運んでいます。
その為、船を持っている者は大儲けをし、ヤンのように船を持っていない者は、安い給金で使われるだけでした。
「山の中を歩いて、新しい物資輸送の道を見つけてやる」
そんな野心を抱いていたヤンは、意を決してフィヨルドの険しい山の中を歩き回り、新たな道を開拓しようと思い立ったのです。
しかし、大きな荷物を運べるような道は見つからず、
細いけもの道に迷いながら、どうにかこうにか村まで辿り着いたのでした。
「ダメだ。とてもじゃないが山を越えてくるのは無理だ」
木々の間を抜けて、体中に傷を負ってしまったヤンは、
薬を手に入れるため崖を下り、村はずれにある雑貨屋を訪ねたのです。
「あら。どうなさったの? ひどい傷。今、薬をお出ししますからね」
清楚で美しい女性が手当をしてくれました。
それが七姉妹の長女、エマでした。
優しいエマに心を奪われたヤンは、なんとその場でプロポーズをしたのです。
「その神々しく慈愛に満ちたお姿。
一瞬で心奪われました。どうか俺と結婚してください!」
突然見知らぬ男から求婚されたエマは、もちろん断ります。
「私は、具合のすぐれない両親と、生まれたばかりの三つ子を含め
沢山の家族の面倒を見なければなりません。
ご好意はありがたいのですが、お申し出をお受けすることは出来ません」
エマは、実に奥ゆかしく丁寧に、しかし、しっかりと、ヤンの求婚を断りました。
新しい道も開けず、女性にも振られたヤン。
やはり船で働くしかないのかと考え直し、失望のまま港に向かいました。
港に停泊している船の周りでは、
大勢の男たちが荷物の積み下ろしをしています。
屈強な男たちの中に、女性がひとり混じっていました。
「ソニア! こいつは重いぞ、大丈夫か?」
「馬鹿な事を言ってないで、さっさと寄越しな!」
「そいや~」
「ほいさ~」
重そうな荷物をものともせず、汗にまみれて、まるで起重機のような逞しさで
働いているその女性は、エマの妹七姉妹の次女、ソニアだったのです。
精神的に参っていたヤンの心は、
ソニアの力強い働き振りに強く惹かれました。
「ソニア。君こそ、俺の理想の女性だ。
どうか俺を支えてくれ、俺と結婚してくれ!」
と、荷下ろしの人夫たちがいる前で、いきなりプロポーズをしたのでした。
しかしソニアは、
「何ふざけたこと言ってんだい!
あたいは家族の食い扶持稼ぐのに忙しいんだよ!
邪魔すんじゃない。どっかへ消えちまいな」
と、けんもほろろ。
見ていた人夫たちは、大声でヤンをからかいました。
実はヤンは、決して女性にもてない方ではありません。
どちらかというと、ハンサムな好男子タイプで、
何度も女性から告白されたこともありました。
しかし、真面目で堅物、仕事最優先のヤンは、遊びで付き合うという事が出来ません。日頃から好きになったら結婚するのが当たり前、という考え方なので、逆に恋には慎重だったのです。そのため、これまで女性と付き合った経験も、振られた経験も無かったのでした。
それが、続けて二人の女性を本気で好きになり、あっという間に続けて振られたものですから、すっかり自信を失ってしまいました。
最初はバカにしていた人夫たちも、ヤンのあまりの落ち込み様が心配になり、色々と言葉をかけるようになってきました。
「ヤン。お前は良い奴だ。だが、良い奴なだけでは、
恋という魔物とは戦えないぞ」
「そうだ。恋なんて心が弱っている時に忍び込んでくるもんだ。心を強く持て」
「心が不安定になり過ぎるんだよ、お前は。
教会にでも行って、心を落ち着かせたらどうだ」
「そうだそうだ。教会に行ってみろ。そして、魔物と戦う強さをくださいって神様に祈るんだ」
村の男たちに勧められるまま、ヤンは教会を訪ねました。
ところが、そこではさらに過酷な運命がヤンを待ち受けていたのです。
*後編に続きます。
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