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「素振りの生徒」・・・怪談。夜のグラウンドで見たものは。


学校の近くに自宅があると、つまらない事で呼び出される。
その夜も、高校のグランドで夜遅くまで素振りをしている野球部員がいる、
というPTAからのクレームを受けた教頭から、

「とりあえず、見に行ってほしい」

と連絡が入った・・・もう11時を過ぎていると言うのに。

美術部の顧問で野球部とは全く縁が無い。
それどころか、グラウンドにも滅多にいく事は無い。

「こんな夜中に誰だ。これだから体育会系の連中は困るんだよ。
練習熱心なの良いけれど、いい加減にしてくれよな」

俺が働く中学校は、校門を抜けると、すぐに3階建ての二つ並んだ校舎に繋がる。
校舎の間の連絡通路を抜けて、
左に曲がるとグラウンド、右に行くと体育館である。
美術室は校舎の端にあるので、校門を出入りする生徒はよく見えるが
グラウンドや体育館の歓声も聞こえない。集中して絵を描けるので、
生徒にも好評だ。

校門を抜け連絡通路に入ると、校舎の窓に反射して、グラウンドの様子が分かるので、とりあえず、そこまで行ってみる事にした。

「ああ。いるなあ」

ユニフォームを着て、ヘルメットまで被って素振りの練習をしているのが映っている。
だがよく見ると、少し様子が変だ。

普通素振りは、間を開けず、何度も続けて振る。
だが、そいつはまるで、試合でもしているかのように、ボールのコースを読み、一球一球、ピッチャーからのボールを吟味するように集中している。

「対戦相手のシミュレーションしてるのか? 
全くスポーツ好きの頭の中は理解できんな」

小学生の頃から根っからの美術少年であった俺は、そんな事を思いながら、連絡通路を抜けた。
手前にあるバックネットの向こうに野球部員らしき姿があった。

窓に映ったのと同じ姿でバッターボックスに入っている。

「お~い。誰だ。こんな遅い時間に学校に来ちゃいかんぞ」

声を掛けるが返事がない。
仕方ないな・・・と呟きながら、バックネットを回り込んでグランドに
足を踏み入れた途端。

人の気配が消えた。

グラウンドのどこにも人はいなかった。

「あれ? 見つかって怒られると思って、走って逃げたのかな」

もう一度周りを見回すが、誰もいない。

「やっぱり逃げたんだな・・・」

そう思って俺は、家に戻り、
次の日の昼休み、職員室で同僚の増田に昨夜あった事を話した。

最初、面白そうに聞いていた増田は、
徐々に気の毒そうな顔になり、
最後はなぜか青ざめていった。

「何だよ。変な顔して。グラウンドに人がいなかったのが
そんなに可笑しいか?」

「いや。そうじゃない。
お前、夜中にグラウンドを見にいったんだよな」

「ああ。バックネット越しに見たんだ」

「ユニフォーム姿の生徒が素振りしてたんだな」

「そうだよ。まるで試合しているみたいに、バッターボックスに立って
ボールを見たり首振ったりするんだぜ」

「ウチの学校のグラウンド、去年の夏、試合中に生徒が熱中症で亡くなってから使用禁止になってるぞ。
照明設備だって、老朽化と維持費の高騰を理由に、文系の校長が
撤去を決めて、夜中は真っ暗だぜ」

俺は職員室の窓からグラウンドに目をやった。
グラウンドの周りには、重機が入り、照明塔は撤去されている。

「それじゃあ、俺が見たのは・・・」

           おわり


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夢乃玉堂
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