「不運があったからといって、不幸な訳ではない」・・・でも、これでもかと続いた時は。

2024年9月13日 01:31

幸福な筈の時間に大喧嘩をしてしまう。
そんな最悪の出来事も、必ずしも不幸とは限りません。
今回はそんなお話です。

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『忙しいハネムーン』　　作・夢乃玉堂

人生最高の幸福を噛みしめる新婚旅行。
私たちもそうなるはずだった・・・はずだったのに。

パンクにガス欠、エンストと、成田に向かう車に次々と故障が起こって、
飛行機の出発時間から大幅に遅れてしまった。

「拓也がこんなボロ車で空港まで行くって言うからでしょ」

「愛(まな)美(み)だって、荷物もあるし、空港の駐車場に預ける方が
電車より楽だって賛成しただろう」

「あなたの車が壊れなかったら何でも無かったんじゃない。会社の後輩や
友達から餞別まで貰ってるのよ。今さら、飛行機に乗り遅れて中止しましたぁ・・・なんて恥ずかしくて言えないわよ」

「とにかくキャンセル待ちするしかないよ」

「トップシーズンのヨーーーロッパなのよ。
今からキャンセル待ちなんかしたって、ぜーったい無理よ」

「じゃあ、今からでもインドネシアのボートツアーにする？」

「だから。虫の多い所は嫌だって言ったでしょ！・・・私やっぱり、結婚相手を間違えたかしら」

結局、その日の最終便まで待ってみたが、キャンセルは出なかった。
私たちは、空港近くのホテルに泊まり、
明日のキャンセル待ちに賭ける事になった。

空港を出てから私はずっと口をきかず、ホテルに入ると、着替えもせずにベッドに横になった。
拓也は窓際の椅子に座わり、外を眺めている。
実際の距離以上の隔たりが二人の間にはあった。

これまで、幾多のトラブルを笑い話にして営業成績を上げて来た拓也だけど、今の私はどんな取引先よりおそろしいのだろう。

貴重な有給休暇を使った新婚旅行が、こんなホテルで引きこもり生活なんて・・・

おそらく二人は同じ気持ちだろう。後悔と重い静寂が部屋に満ちていた。

その時、拓也のスマホが着信音を上げた。義母さんだ。

「出ないでよ。今飛行機の上なんだから」

子供を諭すように言ったが、拓也も出る気はなかった。
何と言い訳すれば良いのか、明日飛行機のキャンセルが出れば、
少しスケジュールを変更して新婚旅行をやり直せるかもしれない。
それまでは、息を潜めてやり過ごすしかない。

呼び出し音は２０回ほど鳴って切れた。

続いて私のスマホが鳴り出した。

「ちっ。」

不機嫌な声を上げた私は、ソファのクッションの下にスマホを押し込み、
テーブルの上にあったテレビのリモコンを操作した。
拓也はその様子を黙って見詰めていた。

早口で喋る若いアナウンサーが画面に現れた。
その背景には見覚えがある。さっきまでいた空港のラウンジだ。
アナウンサーの手前に事件の概要を示す文字が出ている。

『ヨーロッパ行きの旅客機、太平洋上で墜落」

続いて乗客名簿が読み上げられた。

その中に、私と拓也の名前があった。
予約時の名簿に書かれていた二人の名前が、テレビのニュースで流れてしまったのだ。

私は慌ててソファのクッションをはぎ取り、
その下のスマホを掴んでリダイヤルした。

「あ。ごめん、ママ。アタシ無事だから。あのね、車が故障して・・・」

事情をゆっくり説明する暇はなかった。
次々に着信音が鳴って話が続かない。
両親、兄弟、会社の同僚、私たちを知る人たちから、
ひっきりなしに電話がかかって来たからだ。

二人のハネムーンは、絶景もグルメも楽しめず、
飛行機代もホテル代も無駄になったけれど、
自分たちの幸運を噛みしめながら電話対応に追われる、
忙しい数日間となった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり

＊一部加筆修正。

このお話は、読み手を女性に想定して、書き直してみると意外に危機感が強調出来たと思います。作品は常に語り手と共に進歩する、という事でしょうか。

「１００の怪談＆不思議な話をお届けしたい！届けよう！！」という熱い情熱から生まれたこの特集、お陰様で、９月の中旬まで全て怪談で埋め尽せそうです。

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