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儚いなんて言葉は飾りだと思っていた



まだ春の温かさを感じる前の冬終わり
いつもより大きく感じるこの部屋


『嘘つき…』


目頭が熱くなる感覚と同時に『想い』の塊が落ちていく
天井なんて見上げても光なんてない


『まだ思い出…作りたかったな…』










私の想いを寄せる彼は病に体を蝕まれていた









「あれ?もう来たの?」


『うるさいな』


どちらからでもなく頬が緩む


花瓶には新しく汲まれた聖水
花たちも喜んでいる


「じゃあ今日もお願いします」


『じゃあノートだして』


いつ学校に戻ってもいいように毎日授業内容を伝えにくるのが私の役目だった


初めは『めんどくさい、なんで私が』って思って正直来るのをサボろうとしたこともある


「なるほど…やっぱり咲月は教え上手だね!」


でもいつの日かペンを握る彼の笑顔に惹かれていた


『褒めてもなんも出ないよ?』


「えぇ〜…今日の散歩は咲月と行こうとしたのに…」


『はぁ…今日だけだよ?』


「やった!」


コロコロ変わる、幼げのある表情は私を虜にした
彼が可能な外出は1日1度、隣接された公園まで


車椅子を押しながら秋の紅葉を楽しむ


「悪いね〜押してもらっちゃって」


『誰も押す人いないんだから当たり前でしょ?』


そう言いつつも内心は彼とこの道を歩けることが嬉しくて仕方なかった


「よしここら辺でいいかな…」


『ん?何か持ってきてるの?』


「ふふっ…これ持ってきたんだ〜!」


彼は車椅子の下にある小さなスペースからバトミントンのラケットとシャトルを取り出した


『また看護師さんに怒られちゃうよ?』


前科がある彼はそんなの気にしない様子


「いいの!ほらそっちいって!」


無理やり押し付けられたラケット
ダメなのは分かっていた


でも、断れなかった


『…じゃあ私からスタートね!』


「そう来なくっちゃ!」


でも私は全然できなかった
バトミントンなんてやった事がなかったし、そもそも運動系もあまり得意ではない


それでも彼は笑顔で付き合ってくれた




日も傾き、そろそろ戻らなければならない時間


「うぅ…寒いね…」


『私は暑いよ…』


「咲月バトミントン下手だからね!」


車椅子を押す私を見上げる彼はどこか清々しかった


「これだけ体も動けば退院できそうだけどな〜」


彼以上に私が心待ちにしている退院の時
いつ聞いても彼はそれをなぜか隠す


『いい加減教えてよ』


「…いやだ笑」


『ねぇ〜なんで!』


「だって退院するって言ったら咲月来てくれなくなるでしょ?」


『そんなわけないじゃん』


彼は今どんな顔をしているのかな
私は上手く笑えているだろうか


『それだけで来なくなるくらいなら最初から来てない』


ちょっぴり嘘をついた


「…そっか、咲月俺のこと大好きじゃん」


『誰も好きなんて言ってないよ?』


「うわ〜照れ隠しだ!」


大きな声で笑う彼
バトミントンで重くなった体もいつの間にか軽くなっていた


『ほら早く戻るよ!』


「待って速い速い!ジェットコースターじゃんか!」


ふと感じるこの謎の違和感
足が軽いからなのか、それとも彼が軽くなったのか


そんなの気にもしなかった









『一日限定で退院する許可もらった!』
『咲月暇なら一緒にどっか行こうよ!』


あれだけ綺麗だった紅葉もすべて無くなり街も冬支度を始めた
そんな中彼から来た連絡


「私でいいの?」


『もちろん、咲月じゃなきゃ嫌だ』


淡い期待をしてしまう1文
辛うじて現実に戻ってくる


「じゃあ行こっか」


今から何を着ようか悩みどころだ
絶対に彼を楽しませたい
その一心で体は動いていた


当日、彼は自分の足で歩いてきた
体調面もあったのか集合した時には既に昼を過ぎていた


『大丈夫なの?』


「うん!楽しみすぎて無理言っちゃった」


担当医からの許可は出ているはずだが心配が勝る
それでも彼の「大丈夫大丈夫!」に押し切られた


「街とか久々だな…」


『だと思って調べておいたよ』


「まじ!?流石咲月様〜!」


調子のいいことを言う彼は見たことがないくらい景色に目を輝かせている


幸せな時間を一緒に過ごしたい
心からそう思った


まずやってきたのはテーマパーク
冬が見え始めた時期でもかなりの人混みが出来ている


「ここ来てみたかったんだよね!」


『はしゃぎすぎ…笑』
『私から逸れないでよ?』


「あ、じゃあはい!」


『えっ…?』


「逸れないように!手出して!」


差し出された右手
戸惑ってしまったがお出かけという魔法をかけられた私は遠慮しなかった


「へへ…これで大丈夫だね!」


『全く…子供なんだから…』


今顔が熱い私が1番子供だと分かっていても強がった
園内を回っていてもそれのことばかりが脳内を支配した


「ごめん…ちょっと休みたいかも…」


『大丈夫?そこのベンチ行こっか』


苦しそうに息が荒れ始めた
すぐさまベンチに腰を下ろして休息をとる


『これお水』


「ありがと…ごめんね」


『なにかあってからじゃ遅いの』
『今だけは自分を気遣って?』


「咲月には敵わないな…笑」


水を飲んで深く息を吐く
それからも度々休憩を挟み、とりあえず一周した


『じゃあ次の場所…』


「咲月、最後あれ乗ろうよ」


彼が指さしたのは観覧車
夕日が綺麗に見える時間帯
乗らない選択はなかった




『すごい綺麗…』


夕日が街を赤く染めて、差し込む光が私の顔を照らす
向かい合わせに座る彼も景色に見蕩れていた


「こういう時は観覧車が王道でしょ?」
「だから…咲月と乗りたかった」


『こういう時…』


「まぁ…そのなんて言うんだ…」
「これまでの感謝っていうか…ずっと病院通ってくれたでしょ?」


珍しく言葉を詰まらせている
夕日の光よりも彼の顔の方がどこか赤く見えた


「だから…ずっと照れて言えなかったけど、いつもありがとう」


瞳に吸い込まれる感覚とはこの事かと思うほど彼から視線がズレない
しばらく無言が続く


『…』


「え、何か言ってよ笑」


『あ、あぁ…ごめん、ちょっとびっくりして…』


笑って誤魔化しやっと動いた視線を外に移す
観覧車はそろそろ頂上を通過する


『感謝しなきゃいけないのは私だよ』
『病院に通うようになってから毎日が楽しくて…今日は何話そうかなって思ったり…授業真面目に聞いたり…』


「授業は真面目に聞いてよ笑」


『まぁね笑』
『でも…本当にありがとうを言いたいのは私の方』

『ありがとう』


座りながらで申し訳ないが今1度感謝を伝える
この勢いのまま踏み切ろうとしたがなぜか言うべきではないと思ってしまった


「なんか俺ららしくないな〜」


『確かにね笑』


ちょうど二人の間に夕日が差す
自然と近づいていくその距離


「ねぇ…隣行ってもいい?」


『うん…もちろんっ』


「…」


『どうしたの?笑』


「…ううん、ちょっと考え事笑」


俯いた彼の顔に希望はあったのだろうか
笑って誤魔化された気もする
寂しそうに握ってきた手はどこか冷たかった


それを私は温めるように包み込んだ




テーマパークを出る時にはもう真っ暗
プランもかなり削った


「ごめんね、休憩多くなっちゃったからもうこんな時間…」


『だから!今日は一日中楽しんで貰う日だからそんなこと気にしなくて大丈夫!』


繋いだ手をもう一度強く握って次の場所に向かう


「次は?」


『次はお待ちかねのご飯だよ!』


「やった!」


途端に元気になる
こんなところも子供だなと思ってしまう


予約したのはなんでも食べれるようにとバイキングのお店を予約した

病院食でもかなり制限されている彼
食べれるもので楽しんで欲しいという願いの末この店にした


『取りに行こっか』


「うん!」


終始食べたいものばかりの彼だったがお皿の上に乗ったのは4分の1にも満たないメニュー


『やっぱり食べれるもの少ないよね…』


「全然!病院食より絶対美味しいし!」


『ごめんね…』


「さっき咲月言ったでしょ?」
「今日は一日中楽しむ日なんだからそんな顔しないで食べよ!」


何度も心を救われた笑顔に涙が出そうになる


『「いただきます」』


有名店なだけあってかなり美味しい
でも美味しい理由はシェフの腕だけじゃない


「美味しい…これ病院食で出ないかな…」


美味しそうに料理を頬張る彼がいるから

一日しかないのに私を選んでくれた彼がいるから

誰よりも大好きな彼がいるから


気づけばあっという間にお腹がいっぱいになっていた
なるべく彼と同じものを食べようと思ったが止められてしまった


「ふぅ…お腹いっぱいだね」


『そんなに食べてないじゃん』


「そう?病院食少ないから胃が小さくなってるのかも笑」


『それ笑えないから』


「すいません…」


怒られてしょぼんとしても握った手は離れなかった
最後にやってきたのは以外にもデートスポットとして有名なビルの屋上


『ここの夜景も綺麗でしょ』


「めっちゃ綺麗じゃん…」


運良く私たちしかいないみたい
特別な空間が広がる屋上


「お、雪だ」


空を見上げると無数の白い結晶が降り始めていた
いよいよ冬が始まる


『なんか…儚いね…』


「え?」


『この雪だってすぐ溶けちゃうじゃん?』
『今日1日もあっという間に終わっちゃった…』


『この一瞬一瞬がすごい大事なんだなって』


「咲月…」


『って何言ってんだろうね』


今日が終わってしまえば彼は再び退院まで病院から離れられない
そんな彼と過ごしている今が何よりもかけがえのないもの
笑いながら誤魔化す私を彼は包み込んだ


「俺もそう思う」


彼の体温を地肌に感じる
比例して鼓動も早くなっていく


「咲月には黙っていようと思ったけど…」
「実は俺、治るか分からないんだ」


『えっ…そんな…』


「今日も無理言って許可もらって…」


『どうして…どうして私を選んだの!家族とか…もっと大切な人と…!』


「俺にとってその大切な人が咲月なんだよ」


真っ直ぐな瞳に貫かれる
それでも雪は降り続ける


「毎日わざわざ俺のところに来るのめんどくさいだろ?」
「それでも来てくれる咲月は本当に優しい人だと思う」


『それは私が勝手に…』


「それでもだよ」
「こんないつ退院するか分からない俺を見捨てないでくれたのは咲月だけなんだ」


その言葉が何を意味するかすぐにわかった
なぜ毎日通ってもご両親に会わないのか、今解決した


「だから…何度も考えたよ」
「いつか咲月と色んなところ行けたら、いつか咲月と学校行けたら」


「いつか…咲月の隣に立てたらなって」


『っ…』


「でも治るまでは我慢するって決めたんだ」


『ずるいよ…』
『ずるいよ!私だって…私だって…』


込み上げてきた涙は止まることをしらない
頭の中はぐるぐると回って理解しようとしなかった


『私だって好きなんだよ…でも治らないとか…急に言われても…』


「だから待っててよ」
「絶対に病気になんて負けない」

「その時に改めて言わせてよ」


決意が込められた言葉
断ってしまったなら、彼の決意を踏みにじってしまう気がした


「約束…してほしい」


目の前にピンと立つ小指
糸を引かれるように自分の小指を絡める


『約束だよ…?』


「絶対治して、もう1回ここに来ようね」











儚いなんて言葉を使ってしまったことに後悔した
その言葉は彼を『溶かした』


私は思い出の屋上に来ていた
今日は生憎たくさんの人で混雑している


『雪…降らないかな…』


空を見上げても無数の星が広がっているだけ


『約束…守ってよ…』

『ばか…』



私は空中に小指を立てた
それでも、生暖かい春を知らせる風が吹き抜けていくだけだった

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