実家の近く
高校の友達と10人でワンボックスカーに乗り、インタビュー回りをしていた。
このインタビュー回りは、ただ仲良し10人が同じ車に乗り、それぞれインタビューしたい人のところにそれぞれが運転して行くだけのものだ。10人1グループでグループワークをしているわけではない。誰かがインタビューしている間、他の9人は車内で自分の記事の書き起こしをしたり、車から降りて周辺を散策したりする。なんとも自由なドライブだ。
私は先ほど自分の番が終わり、運転席の真後ろに座っていた。メモからふと顔をあげ窓から外を見ると、見慣れた風景が広がっていた。
実家の近くだ。
そう思ったが、口には出さなかった。
通った自動車学校の検定コースをなぞるように走っていく。懐かしいなと思いながら、私はまた手元の取材メモに目を落とした。
「あれ、この交差点、さっきも通らなかった」
助手席の子が言った。
「えっ、おかしいな…」
カーナビの指示に従って運転しているはずなのに、右折→右折→右折→右折で元に戻ってきたようだ。カーナビは、また右折と言っている。
「なんだろう、おかしいね。壊れちゃったのかな」
助手席の子がカーナビを操作する。
「目的地の場所は合ってるみたいだけど…」
助手席の子の声がだんだん小さくなってきた。
「私、近くに住んでたの。今から、どこに行くの」
私は声をあげた。
「ほんと?ここなんだけど」
助手席の子が差し出したはがきに書かれていた場所は、私が通った小学校区の公民館だった。
「ああ、ここなら、えーっと」
公民館に行くルートは3つ思いついた。公民館の近くはどこもとても道が細く、かつ初めていく人が運転するので、できるだけ広い道を教えてあげなければと思った。
「この交差点はまっすぐ行って。次の交差点を右、曲がった次の交差点を左。結構な坂道」
「わかった」
ナビはミュートされ、車は直進した。次の交差点で右折レーンに入った。私は左折のあとの道を思い出していた。途中どうしても思い出せない箇所があったのを一瞬不安に思ったが、まあ行けば思い出すだろうと思った。
車は順調に右折→左折し、急な勾配の坂を上った。分かれ道もなく、車は住宅街のくねくねした上り坂を道なりに上がっていった。
「えっ」
運転手と助手席の子と私の声が重なった。右手には池が、左側には崖が(崖の上は住宅街)、直進方向には見上げられないほど大きな黄色い砂山が広がっていた。
私は思い出した。
「公民館は団地の中にあって、団地は大規模な修繕工事の最中なの」
修繕工事は建物だけではなく、東西を貫く車道を新しく作るといった区画整備も含んでいると、私が家を出る前に聞いた。
「そうだんだ。近いみたいだから、降りて歩いていこうか」
路肩に止め、車を降りた。降りると人間がたくさんいることに驚いてしまった。ここ数分運転手・助手席の子としか話していなかったので、あと7人いることを忘れていた。
暑いのに10人全員が車から降り、砂の方に向かって歩いて行く。ガイド役の私は人よりも数十メートル先を歩かなければと思い、9人を追い越した。
砂のゾーンに突入して50メートルほど歩くと、砂でできた壁にぶつかった。手をひっかける手ごろな石もなく、とても登れない。
「だめだ、壁だ」
私は助手席の子に伝えた。助手席の子はすぐ走ってこちらに来てくれて、本当だねと言った。
どうしようと頭を抱えていると、ひとりが声をあげた。
「あやちゃん、こっち行けるよ」
一面砂で全く気付かなかったが、もっと崖側に歩くと、砂のトンネルがあった。
「ああ、よかった」
砂のトンネルの第一発見者グループの少し後ろを、私・助手席の子・運転手と歩く。そういえば、私が家を出たとき、母は公民館でアルバイトをしていた。まだ働いているのだろうか。今日はシフトの日だろうか。
砂のトンネルは、団地の敷地内に繋がっていた。目の前の道路を車が横切っていく。私がまだ実家にいたころはこんな道はなかった。いや、あったかな。
砂のトンネル第一発見者グループは立ち止まり、きょろきょろし、車道沿いを少し行った先にある商店街の方を指さした。そうだ、彼女らは散策に向かうのだ。
私は工事で変わっていないものを探し、それを手掛かりに、公民館の方向を特定しようと思った。道はわからなくても、方向さえ間違っていなければ、目的地にはたどり着ける。と、ドラえもんが昔似たようなことを言っていた。
「公民館は、あっち」
「わかった」
助手席の子と運転手(インタビュアー)が言った。商店街に行く人たちとは一旦別れ、車の列の切れ目を狙って道を渡った。私は絶えず変わっていないものを探し、少しずつ公民館の予想位置の精度を高めていった。
「看板あるよ」
看板には、右に行くと小学校、直進すると中学校・公民館と書いてあった。そのまままっすぐ歩き続けた。
「あっ」
ここは…
完全に知っているところだ。そうだ。中学校3年間歩き続けたところだ。この車止めを越えて、左手に池をみながら一本道を歩くと、左手が公民館だ。その奥の超きつい坂の上が中学校だ。
「あれが、公民館っ」
池のふちに生えている草本をかき分けて、白い2階建ての建物を確認した二人に、笑顔の花が咲いた。私は気づかれないように細く長く息を吐いた。インタビュアーは歩きながら取材の準備を始めた。
「ねえ、あやちゃん」
「なに」
「どんなときに、実家に帰りたいって、思う?」
「えっ…」
次の瞬間、目に飛び込んできたのは、寝室の白い壁だった。
ここから先は
¥ 100
頂いたサポートは、文章スキルの向上のための勉強費に当てさせていただきます!