仕事に生きる外国人と日本の職場を元気に
#01 株式会社エルティービー 代表取締役 鈴木晴美さん
日本の生産年齢人口は減少を続け、人手不足は大きな悩みです。私たちの暮らしは、目に見えないところほど外国人労働者に支えられています。コロナ禍で技能実習生が来日できなくなれば、一次、二次、三次産業のいずれにも即座に影響を及ぼしたのは記憶に新しいことでしょう。
株式会社エルティービーは、そうした外国人材と日本企業をつなぐ仕事が「未来の世の中に必要とされる」と信じて2013年に創業された企業です。代表の鈴木晴美さんに、創業時のビジョンから逆算した現在地をお聞きしました。
-米国公認会計士の資格もお持ちと聞いて、驚きました。以前は会計事務所で税務会計に携わっていたとのことですが、どうして異分野の人材業、しかも外国人材に特化して起業をされたのでしょうか。
鈴木 今から10年ほど前、団塊世代の経営者が後継者不在で廃業されるケースが身近に増えてきました。日本では地方の閉塞感が強まる一方で、たまたまオフショア開発の通訳手伝いでご一緒した外国の現地従業員には、勢いがありました。町はインフラも整備されていませんでしたが、電気が通るだけでも高度成長期の日本のような活気があって。これは、いずれ日本は負けるかも、と感じたんです。
最初はビデオチャットで学生と地方の中小企業をつなぐ事業を始めましたが、まるでだめ。そこでピボット(転換)して、「外国人材のパワーで日本企業を元気に」となりました。これが弊社のサービス“TOKYO JOB”ができたきっかけです。名前に「TOKYO」とありますが、求人も求職者も全国から集まります。
-マッチングサービスをゼロから一人で立ち上げ。相当な覚悟とエネルギーが必要だったのでは。
鈴木 当時学んでいた創業塾に、百人町で一家5人の大黒柱として働くネパール人がいたんです。月15万円の収入で10万円を母国の親に仕送りし続ける彼は立派なのに、それでも仕事を見つけるのには苦労をしていました。そんな彼が「仲間が仕事に就けなくて困っている」と言うので相談に乗ると、なんと1ヵ月で5千人も「助けてほしい」と一気に人材登録をしてきたんです。その後も求人企業側には営業しても全然相手にしてくれないのに、毎日100件200件と在留外国人の登録は増加。求職者の期待だけが膨張して、実際は心が折れるばかりでした。
-でも、鈴木さんには未来が見えていた。だから、頑張れた。
鈴木 2030年、2050年となれば、学校のクラスで半数は外国籍の子かもしれない、と思っていました。だとすると、例えば天ぷらを作る側も食べる側も外国人という風景もあるだろうと。それくらい違和感なく働けるよう、外国人材の支援はロングテールのビジネスになるはずだ、と事業を育てていきました。
創業時に描いた姿、リアルに
-今や、外国人の労働人口は2016年に初めて100万人を突破し、2019年10月時点では165万人を超え過去最多を更新しました。事業が軌道に乗っていく後押しになったでしょうか。
鈴木 そう感じられたのは、ここ3年くらいでしょうか。それまでは、酷いものです。ある日、安定収入はあるけど銀行口座がない外国人労働者6人に口座開設を、と金融機関を訪問したら、「入らないで」と言われたことも。かつて顧問先に財務や決算書の説明で伺う際には、支店長室に通されてお話しすることが普通だったので、門前払いはかなりショックでした。
それでも、紹介した人たちが就労先で真面目に働いてくれたから、雇い入れる企業側の見る目が変わってきたんです。最近も、それまで「外国人採用はどうも…」と消極的だった関東圏の工場などで、1年前に特定技能の資格で数人の雇用で始められました。その数が、今は十人を超えます。「若い日本人よりよく働く」と、現場の皆様にも好評です。まさに、創業当初に描いた姿がリアルに起きています。
当社で紹介する特定技能の資格者は20代から30代前半がほとんど。母国に家族を置いて単身で来られる人もいます。特定技能で弊社が紹介した人たちは、まだ一人も会社を辞めていません。
―それはまさに、社名の由来“Live To Business”に近づいていますね。現在地に至る要因、御社だからこそできた今の強みを、どう分析されますか。
鈴木 まず、数は大きいですね。102カ国20万人の在留外国人と、SNSで繋がっています。外国人労働人口の1割以上です。
そして、デジタル技術。この度、SaaS型の仕組みを開発し、29種類もある国内の在留資格と求人内容をAIが自動マッチングするサービス“TOKYO JOB THE AGENT”をローンチしました。企業側が在留カードと雇用条件をつき合わせたりする手間を排し、効率よく適した採用候補者がわかる仕組みです。4月にMVP(実用最小限の製品、Minimum Viable Productの略)をリリースし無料のトライアルを40社限定で公開したところ、すぐ満杯に。好評で本格稼働の折には有償契約への移行も期待できます。5人の会社にエンジニアが2人いるので、お客様のニーズと弊社の業務プロセス改善が両立する自社開発は強みと言えるでしょう。一方で、企業への営業面では大手の人材エージェントに任せてもいます。釣りに例えれば、弊社は道具といけすを整えて、大手エージェントが釣る構図です。引き算の発想と言いますか、無理に足そうとしません。その結果、サービス開発に注力できるのです。今後のアップデートはもちろん、人材紹介に閉じず第2、第3の新たなサービス開発も進めています。
日本が選ばれる世界、選ばれない世界
-行政のデジタル化やマイナンバーの活用はなかなか進みませんが、御社は変化への適応が早いですね。少数精鋭でスピードを感じます。この先、世の中にどのような変化があると見られていますか。
鈴木 3つ意識していることがあります。ひとつは、外国人同士が来日中に結婚するケースの増加です。日本でお子様を授かり、育てていくとなると、子育てや教育の面で誰一人取り残さない社会の仕組みが必要になりますよね。そして、今でも若い日本人ほど在留外国人ともフラットな感覚で接することができますが、クラスの半数が外国人となれば、競争にもなるのでしょう。アメリカのような日本人の二極化が進まないか心配です。
もう一つは、海外に日本語を話せる外国人が増えること。滞在に期限がある留学、技能実習、特定技能を終えると母国に帰るわけです。一部の劣悪な雇用者により嫌な記憶を残してしまった人を除いては、「また日本に」と思ってもらえています。そうした人たちに家族が増え、母国でも日本のものを買ってくれることで、日本の好機になるかもしれません。
最後は、「そうでないとしたら」。例えば少子化の中国が本気で海外人材を集めたり、国際的に見て日本で働く魅力が低下することで、外国人に日本が選ばれなくなる逆の世界もあり得ます。それは、最悪のシナリオです。
「正しく雇って、正しく働ける」未来へ
-VUCAの時代と言われるように、不安定で不確かで複雑な世の中です。そんな中で描く数年後の未来とは、どのようなものですか。そこから逆算して経営に取り入れていることは?
鈴木 実は、2026年にIPOをしようと目標を掲げています。外国人雇用のスタンダードになり、「正しく雇って正しく働ける」環境を提供したいです。そのために、経営計画と事業計画を策定し、1年1年のマイルストーンを決めています。それを、財務面ではエンジェル投資家やベンチャーキャピタルとの情報交換にも役立てています。今後は補助金の活用も検討したいですね。
[企業情報]
株式会社エルティービー
外国人に特化した人材紹介と外国人向け英文求人媒体「Tokyo job」を運営(設立:2013年12月)
〒160-0023 東京都新宿区西新宿7-18-18 新宿税理士ビル別館313
<余録> 「逆算でなく、引き算は?」と問いかけた時、同社の定時である19時に帰ることも挙げられました。仕事量は多くても、効率よく働けるようです。ある新聞記事で「働きすぎや非効率な仕事の原因は、人間は引き算が苦手で、足し算にこだわるから」と読んだきっかけの質問でしたが、「仕事に生きる」を社名に掲げた時点で、正しく働ける算段はついていたのでしょう。(倉内佳郎)
※取材内容は2021年6月現在のものです