おもちゃがサブスクなら、幸せな親子時間が増えます
#10 株式会社トラーナ 代表取締役 志田典道さん
未就学児向け玩具のサブスクリプションサービス「トイサブ!」を運営するトラーナ。規模拡大中のスタートアップにおいては珍しく、創業した2015年より中野区の野方を拠点にしています。代表の志田典道さんは、大学在学中に起業し、そのまま新卒採用で企業にも入社するなど、自らが志す道を突き進んできました。
「サブスク」が普及した今なら違和感なく受け入れられる「トイサブ!」も、世にサービスがない時代のおもちゃは「買い与え」「すぐ飽きられ」「家の片隅に眠る」「捨てられる」のが常でした。映画「トイストーリー」のように。固定観念や慣習を破りキャズムを越える「ファーストペンギン」になれた要因は、どこにあったのでしょうか。
「破った」より「許せん」
- 「トイサブ!」も志田さんも、マスメディアやウェブサイトによく取り上げられています。トラーナ創業のきっかけも、自身のお子様を連れたおもちゃ売り場で気づいた疑問と言われていました。でも、慣習と180度違うアプローチで、世の固定観念をどうしたら打ち破れたのでしょうか。
志田 「破った」気はなくて、こういうサービスがないのは「許せん」との思いでした。モノのサービス化はアメリカを起点に広まっていたのに、子ども向けにないのはなぜ?って。
― 個人として奮起しても、ビジネスの川上と川下にある仕入れ先や顧客の共感が不可欠です。
志田 仕入れようとした玩具メーカーは全くの無反応でした。代表電話に問い合わせてもだめ、友人のつてを頼っても取り合ってくれない。だから交渉を諦め、家電量販店のおもちゃ売り場で「棚の端から端まで、全部」って大人買いしましたよ。店員6人が総出でレジ精算するほど。
一方で、初期ユーザーは逆でした。「探したら、あった!」という感じで。中には後の正社員に転じた方がいるほど、受け入れられました。「また捨てる」「まだ使っていない」…みんな思っていたはずなんです。でも、最初のおもちゃ選定は自信がなかったですね。今は選んだ根拠を聞かれても定量的に答えられますが、当時は「同じ親として、これがいいかな?」と勘と経験を頼りにしたもの。それでも、みんなサービス自体が初めてだからか、解約率は今とそんなに変わらなかった。モノよりビジョンに共感してくれたからこそ、かもしれません。
上場を目指し、数字とロマンを語る
― 「トイサブ!」はデジタルで完結するサービスでなく、先に玩具の仕入れがあり、保管やメンテなどにもキャッシュが必要です。その中で、資金調達手段としてエクイティファイナンスを選ばれています。どのような経緯があったのでしょうか。
志田 まず、トラーナを合同会社から株式会社にする際に、ユーザーの方々や友人に出資を募ったこと。そしてベンチャーキャピタル(VC)2社から声をかけてもらったのがきっかけです。一社は紹介を受けてお会いしたら、経営数字がよく解約率が低いことを評価してくれて、資金調達できました。もう一社はリスクに敏感で勘定科目を全部チェックするほど細かく、結果的に出資に至らず。でも、投資を募る上での勘所は非常に勉強になりました。
- 借入や補助金の活用もされていますか。
志田 金融機関からの借入もあります。でも補助金はないです。手続きが煩雑で工数がかかり、そこまでやるリソースがあるなら他に使いたいと思えて。
- 投資家からの資金調達は、常にできるものでもないですよね。
志田 資金調達がうまくいくかは、時期にもよります。メジャーなVCは新しい事業モデルに行きたがるし、またはイグジット前にラスト一発でリターンを取りにいくでしょう。お子様のいる投資家にはウケがいいですが、いまサブスク系はto B向けが人気で、当社のto C向けは単純比較されがちです。
- 不利でも投資家に対して心掛けていることは?
志田 2つあります。まず、将来どこまで大きくなるか、市場をリプレイスしていく過程も踏んで数字で説明します。もう一つは、ロマンを忘れないこと。どういう社会にしたいか、投資委員会で担当者が議題にかけてくれる際に、言霊として伝わるように。
- とはいえ、借入とは違う制約も受けるでしょう。
志田 確かに、資本コストは上がりますし、経営の自由度は下がります。VCからはイグジットを求められます。でも、それくらいの制約があった方が、僕にはやりがいになるんです。自由度があれば「急にやる」「すぐやめる」もできますが、羨ましいとは思いません。それに、上場もしたい。選択肢が増えるし、借入の与信などの面で従業員にもメリットを生めます。個人投資家と向き合えるチャンスは人生で1回だと思っています。そこに賭けたいです。
顧客の驚きを生む、デジタル基盤構築
- 話は事業の仕組みに移ります。「トイサブ!」は子の成長に合わせて隔月で5〜6つのおもちゃが届きますが、サブスクの成功に必須なのは継続性です。潜在ニーズに応えるキュレーション力が、経営上の大きな無形資産だと見ています。リサーチに課題があるベンチャー・中小企業も多いですから。
志田 申し込み時のアンケート、提供したおもちゃの利用ログ、返却時の評価をつなぎ合わせ、コメントも含めて分析しています。「うちの子、こういうおもちゃで遊ぶんだ!」という「ドンズバ」なおもちゃをお勧めできるようになり、口コミを生みました。大学は文系でしたがエンジニアに目覚め、また広告系のシステム開発経験からアナリティクスの海外分校で1年学んだことが、今に生きていますね。
- 2年前に伺った際、自我や好みの分岐が増す4歳以上のお子様向けが課題と言われていました。
志田 顧客数が伸びたのは2019年からですが、その頃からご利用のお子様がそろそろ4歳になります。これまでと違い数百、数千単位でデータが貯まるので、新たな発見につながると期待しています。また、増えたのがきょうだいでの利用です。上の子だけっていうのもかわいそうだから、それぞれが楽しめるよう親御様が考えてくれます。そして、最近はプライベートブランド(PB)玩具も着手しました。僕らは「もっとこうだったら」と、示唆に富むデータをメーカーさんにフィードバックしても、「いらない」って言われるんです。小売店なら重宝するはずですが、それなら自分たちで作っちゃおうと。SPA(製造小売業)のような将来像をイメージしています。
- お客様から見た「トイサブ!」はセレンディピティなおもちゃ=現物ですが、裏側ではデジタルやデータに裏付けられたオペレーションが支えている。多くの中小企業が目指すべき姿です。その中で、システムを自社開発されたそうですね。
志田 創業時からSaaS型のシステムを使ってきました。コスト構造的にはそれでよかったのですが、事業の拡大には限界がありました。ベンチャーは、営業CFがマイナスでも資金がある内に何回挑戦できるかです。トライする回数を増やすための土台を今のうちに、と思って。システム化で次のステップに進めます。
“雇用”でも幸せな親子時間を
- 大量廃棄からサステナブルへ、という文脈でも御社は注目されますが、私がそれ以上に驚いたのは、パートさんの新たな雇用を多く生み出したことです。人的資本への投資が企業価値を高めると会計で実証する上場企業もあり、また増分の営業CF・減価償却・人件費を付加価値額と定義する補助金もあります。
志田 会社の価値を問うにあたり、雇用を創出しない存在に意味があるのかと考えたことがあります。もちろん最初はそれどころじゃなく、作業量が増えては顧客と同世代のパートさんを人づてで誘い。子どもに関わる仕事だからモチベーションを持ってくれて、創業期から続く人も多いです。野方には駅前に飲食店も多くないから、この地域の人が「いい仕事が見つかった」と働いてくれます。また、千葉にも拠点を構えたのですが、船橋市などでなく千葉市にしたのは、オフィスが少ないから。房総半島にお住まいの方々が集まりました。
- 常勤者に限らないだけに、人数が増えると組織として機能させることも悩みですね。
志田 最初はいろんな人がいろんな教え方をしたものですが、今は細かなチーム制にして、パートリーダーが新人教育も担ってくれています。また、3ヶ月に1回、ふりかえり面談もします。改善の灯火とでも言いますか、ローソクのような小さな火が、孤立で消えてしまわないようにしたいから。ただ、組織が緩んだり経営が疎かにならないよう、これからは各分野の右腕が生まれることを期待しています。
- 最後に、志田さんにとっての「逆算」と現在地を
志田 マテル、ハズブロ、レゴ…この世界の玩具大手トップ3に、トラーナがどう並ぶか。その為には違うアプローチが必要です。この3社から株式交換で子ども向け事業を引き受けるようになりたいですし、その過程にIPOを置いています。SPAで既存産業を変えたニトリ、ユニクロ、MonotaROの存在を目指し、2025年には上場していたいですね。
※ 取材内容は2022年6月現在
[企業情報]
知育玩具・おもちゃのサブスク定額レンタル【トイサブ!】
株式会社トラーナ
〒165-0021 東京都中野区丸山1-12-8 EFGビル6・7階
(余録)
「AかBかという時に、AもBもやるのがイノベーションや、レボリューションじゃないでしょうか」
「選択と集中」「イノベーション」は事業再構築補助金でも問われますが、志田さんの見方は違いました。常にしんどい方を選んできたと振り返り、麻雀に例えるなら安牌を切るより危険牌でも何とかなると、リスクを恐れません。そうした大胆さや覚悟が、固定観念を破った要因とも言えそうです。
一方で、エンジニアに目覚めた学生時代には、友人とバンドを組みドラムをやっていたという一面も。危険牌でも一人突っ走るタイプのようで、バンドをリードし演奏を高め合うドラマーの役割が、従業員間や経営に響き合っているのでしょう。
AもBもやり、曲をリズムでワクワクさせる存在。幾度のどん底にもへこたれず、一度きりの人生で誰ひとり取り残さず「幸せな時間」にするぞという意気込みが、さらに伝わってきました。(倉内佳郎)
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