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「監督以前④」(須藤蓮③)~【連載/逆光の乱反射vol.19】

『逆光の乱反射』は映画『逆光』の配給活動が巻き起こす波紋をレポートする、ドキュメント連載企画です。広島在住のライター・小説家の清水浩司が不定期に書いていきます。

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18歳、僕は大学生になった。慶應義塾大学法学部法律学科。法学部にしたのは別に意味はない。以前も書いたように偏差値の一番高いところに進んだだけだ。

受験勉強に成功した僕は、大学入学後どうしたのか?――ウイニングチーム・ネバー・チェンジ。成功体験をそのまま続けることにした。勉強する(丸暗記する)⇒ テストを受ける ⇒ いい点数が取れる ⇒ 順位が上にあがる。その素晴らしき明快さ。厳格なヒエラルキー。僕は自分が成し遂げた成功体験に酔っていた。だから大学というゴールに入った後も、休むことなく次のレースに飛び込んだ。

僕は大学に入ってすぐ司法試験の勉強をはじめた。何度も書くが、僕は法律に興味はない。だが“弁護士”という肩書は魅力的だった。慶応というブランドの次のステップとして、弁護士というステイタスは悪くない。僕は一応サークルに入り、そこでイケメン承認欲求を満たしつつ、あとの時間をまるごと勉強にあてることにした。

その頃、すでに最強の受験勉強マシーンと化していた僕は1日15時間勉強につぎこんだ。そして大学2年で司法試験予備試験の一次試験に合格した。自慢になるがこの試験、大学同期で受かったのは僕だけだ。大学生の合格率が3%という狭き門である。しかし二次試験で惨敗……その頃から僕の歯車が狂いはじめた。

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同じ時期、ショックな出来事が起きた。

高校時代に尊敬していた同級生が宗教にハマったのだ。彼は武蔵高校で一番優秀な生徒で、ストレートで東大に進んだ奴だった。かつて神童と呼ばれた男が、勉強を投げ出してヴィパサナー協会という瞑想の施設に入り浸っているというウワサが耳に入った。いま思えばそれは普通の瞑想であり、怖れるものではないのだが、当時の僕は「これが東大生が入学後に陥りがちなワナの典型か!」とおののいた。自分よりはるかに先を進んでいた男が、レースをあっさり降りたのだ。僕はそのことに言いようのない気持ち悪さを感じとった。

僕は彼に会いに行った。彼は座った目で僕を見ると、「おまえのやってることの先には何もない」と言い切った。「承認欲求を満たすこと、上を上を目指すこと、そこに生きる意味は何もない」。そうはっきりと断言した。

僕は彼は“あちら側”へ行ってしまったのだと思った。勉強のしすぎで血迷い、バランスを崩し、自滅したのだと思った。しかしそう思おうとする一方で、彼の言葉は自分の深いところを突いてきた。

僕はずっと苦しかった。承認欲求を満たすため、見た目や学歴を追い求めることに疲れていた。本当の自分が薄っぺらく、それがばれるのが怖くて、いつもおびえていた。確かにテストでいい点をとって、いい大学に入ったかもしれない。しかし僕は文学もわからないし、何がいい絵かもわからない。世の中のことを何も知らない。受験勉強で詰め込んだ知識はあったものの、それは空箱の頭にとりあえず押し込んだだけで、自分という容器がカラッポであることは誰よりも自分自身がわかっていた。

彼は「それでおまえは何のために生きてるんだ?」と聞いた。僕は何も答えられなかった。

その直後、僕はあれだけ没頭していた司法試験の勉強をパタリとやめた。無限に続くように思えた勉強への信仰は霧のように消えていた。いい大学、いい仕事、いい年収、いい生活……その道の先に一体何があるのだろう? 僕は何を信じていいかわからなくなっていた。


そこから僕は俳優を目指すことにした。あまりの突然の転身にあきれる人も多いだろう。

司法試験を諦めて、次は俳優……いま考えるとめちゃくちゃな話だが、基本は高校時代に現実逃避のためライブハウスに飛び込んだのと同じことだと考えてほしい。キャリアのレースから逸脱した僕は、「自分にはまだルックスがある」という拠り所に再びすがろうとした。

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大学2年のとき、メンズノンノの専属モデルオーディションに応募した。ファイナリストまで進んだが、そこで落選した。それが悔しくて自分の中で何かが発火した。負けのままでは終われない。それに加え、自分の中では中身のある人、文化と感性を備えた人、つまり表現に携わる人への憧れが引き続きくすぶっていた。だったらここで俳優でも目指してみようか……頭にあったのは、そんな安直な気分だった。

そして僕は21歳で俳優になった。俳優にはなったが、仕事は1つも来なかった。当然だ。僕は芝居などやったことがない。性格はやんちゃだし、集団行動も苦手である。頼みの綱のルックスも、芸能の世界では太刀打ちできるレベルにないことはすぐにわかった。

俳優の仕事もないので渋谷のクラブでバイトした。酒を飲んで、酔って、殴られ、床にはいつくばった。周りがドラッグに溺れる中、女遊びに逃げ場を求めた。

どこにも行けない腐ったような日々。あの頃は生きているだけでどうしようもなく息苦しかった。(つづく)

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