インタビューのメモは〈手書き〉〈録音〉どっちがいい?
インタビューのメモは、ノートやメモ帳に〈手書き〉するのと、ICレコーダーなどで〈録音〉するのとでは、どちらがいいのでしょう?
現場で活躍するライターさんは、見事なまでに〈手書き〉派と〈録音〉派に分かれています。いずれも甲乙をつけがたく、両者がまともにやりあえば、“神学論争”のように不毛な争いに発展しそうです。
ここで言いたいことは2つあります。
まず、〈手書き〉か〈録音〉かはどちらでもよい、ということ。
「おいっ!」というツッコミが聞こえてきそうですが、こういうことです。
ようするに、最終的な成果物(アウトプット)、すなわち雑誌の誌面なりサイトのページなり、より良質な〈コンテンツ〉ができあがるならば、その過程はあまり重要ではありません。
それを前提としたうえで、より良質な〈コンテンツ〉づくりをめざすのならば、〈手書き〉のほうが良い、というのが2番目に言いたい点です。
もちろん、〈手書き〉のほうが絶対いい、〈録音〉はダメ、というわけではありません。
たとえば、〈録音〉派で優れたインタビューをされている人のひとりに、永江朗さんがいます。最終成果物の出来栄えに、〈手書き〉か〈録音〉かは無関係であることを示す好例といえます。
にもかからわず、なぜ〈手書き〉を勧めるのかといえば、私自身が〈手書き〉で成果を挙げている(と思っている)からです。
この「インタビュー・マニュアル」では、自分が実践していないノウハウを書くことはできません。インタビューを〈録音〉して記事をつくることは(現在は)やっていないので、そのやりかたを紹介できないわけです。
実際にどうやって〈手書き〉でメモしていくかは、別項で述べる予定です。
ここでは、巷で言われている〈手書き〉〈録音〉のメリット・デメリットを簡単に検証してみたいと思います。
すでにいずれかの方法でうまくいっている人は、そのやりかたを続けるのがいいでしょう。本項は、〈手書き〉〈録音〉のどちらでメモするのがいいか迷っている人、自分のインタビュー術を見直したい人に参考にしていただければ幸いです。
〈録音〉するメリット「相手としっかりコミュニケーションをとれる」は失敗の恐れあり
〈録音〉派の中には、「インタビューの相手としっかりコミュニケーションをとれる」ことをメリットとしてあげる人がいます。〈手書き〉では、メモをとることに夢中になってしまい、相手と目を合わせながら話せなくなってしまうそうです。
これに対して、〈手書き〉派の私からは、まず(あえて極端な表現をすれば)「インタビューはコミュニケーションではない」と反論できます。別項でもくわしく述べますが、インタビューは相手とコトバのやりとりをするのではなく、あくまで相手から取材、つまり〈材〉を〈取〉る場だと考えています。日常会話と同じようにインタビューを進めてしまうと失敗するぞ、というのが持論です。
また、「目を合わせながら話せなくなってしまう」点ですが、たしかに終始、下を向きっぱなしでは相手の気分を害することもあるかもしれません。しかし、「目が合わないのはメモをしているから」と、相手も理解してくれますし、ときどき顔を上げて相手を見るようにすれば失礼にはあたらないでしょう。むしろ「自分の話をしっかり書き留めてくれている」と相手に好感触を与えるかもしれません。
〈手書き〉のデメリット「相手の話に追いつけない」は“トリガー”で克服できる
「〈手書き〉では、しっかりと相手の話を記録できない」という〈録音〉派の意見もあります。相手の語ることを一字一句書き留めるのは不可能ですから、メモにはキーワードだけを記すことになります。そうすると、あとで見返したときに文脈がわからず、記事執筆の役に立たなくなるというのです。
少し話は飛躍しますが、私は〈手書き〉のメモというのは、〈紙〉に相手のコトバを記録しているのではなく、自分の〈脳〉に刻みつけているのだと考えています。インタビューの内容は〈脳〉が覚えている。〈手書き〉のメモは、それを引っ張り出すための“トリガー”にすぎないのです。
〈脳〉というのは、活用のしかたによっては、とてつもなく高機能な記録装置として働きます。
たとえば、私が高校生の女の子にインタビューしたときの経験です。いつものように、レコーダーは回さず、〈手書き〉でメモするだけでした。そこから実際に記事を書くまでに約半年間の時間が空いていましたが、メモ(トリガー)と〈脳〉の記録だけでしっかり記事を仕上げることができました(もちろん、クォリティにも問題はありませんでした)。
キーワードを書き留めるだけでなんら不都合はありません。相手の話に追いつけなくなることもないのです。
〈録音〉の最大のデメリットは「ゴールイメージから逆算できない」こと
私が考える〈録音〉のデメリットは、大きく分けて2つあります。
ひとつは、「テープ起こし(文字起こし)」にコストがかかりすぎること。
いわゆる「文字起こし」をやったことのある人はよくご存じだと思いますが、1時間のインタビューを文字にするのに、3〜4倍の時間が軽くかかります。これはけっして見過ごせないコストだと思います。
テープ起こしをする時間で、原稿が書けてしまうでしょう(文字数にもよりますが)。
「それでも、最終的に良い記事が書ければいいじゃないか」という考え方もあるでしょう。しかし、「文字起こし」そのものは成果物になるわけではなく、素材の一部でしかないのです。つまり、「3〜4倍の時間」というコストを投資した見返りとしては、あまりにも貧弱ではないかと思うのです。
というのは、上記のようにレコーダーではなく〈脳〉に記録してしまえば、インタビューが終わった時点で、すでに「文字起こし」は完了してしまうからです[注]。〈録音〉派は〈手書き〉派に比べて、一歩も二歩も後れをとってしまうことになります。
[注]ただし、私のやり方の場合、厳密には「文字起こし」に似た作業がまったく不要になるわけではありません。これについては別項で述べます。
あくまで趣味ではなく仕事(ビジネス)で行なうインタビューとして、ムダなコストを投じることには疑問があるわけです。
「文字起こし」のコストは、AI(人工知能)による音声認識機能がさらに発達すれば、克服できる問題かもしれません(私もAIで「文字起こし」ができないか実験していますが、まだまだ実用に耐える段階ではないようです)。
しかしながら、「文字起こし」のコストの問題がクリアされたとしても、〈録音〉には別のデメリットがあります。「ゴールイメージ(記事の完成形)から逆算して、インタビューを進行できない」のです。こちらのほうがより重大です。
別の項でも述べていますが、インタビューのあらゆる局面で、「ゴールイメージから逆算する」ことを意識する必要があります。インタビューの最中も例外ではありません。
相手の答えがこちらの望むものであるか、次にどんなことを聞けばいいか、話が横道にそれていないか、などを〈ゴールイメージ〉に照らして、判断しつづけなければなりません。
その判断が〈録音〉だとできない(あるいは難しい)のです。
なぜなのかは、やはり別項で分析していますが、〈録音〉していると、どうしても相手の話を〈聞〉いてしまい、〈聴〉くことができません。
〈聞く〉と〈聴く〉の違いは微妙ですが、日常会話などで相手の話に耳を傾けるのは〈聞く〉。それに対して〈聴く〉は、耳だけでなく脳もフル回転させて、より高品質な記事をつくる〈材〉を〈取〉るために相手から話を引き出すこと、と理解してください(詳細は別項で述べています)。
〈手書き〉は“トリガー”に過ぎないと先に述べましたが、「手を動かして字を書く」という行為には、文字を書き記す以上の効果があり、そのひとつは「脳を回転させる」ことだと思っています(脳科学的に根拠があるかはわかりませんが、経験則ではそう断言できます)。
高品質な記事づくりにつながるのは、〈手書き〉のほうだといえるわけです。
(上で「キーワードだけでは、あとで見返したときに文脈がわからなくなる」という反対意見を紹介しましたが、これは相手の話を〈聴〉かずに〈聞〉いてしまったからだと考えられます。)
〈手書き〉と〈録音〉、どちらが信頼される?
ここで視点を変えて、「〈手書き〉と〈録音〉、どちらが信頼されるか」という問題について述べます。俗っぽい言い方をすれば「どちらがプロっぽいか」です。
私自身は〈手書き〉派であるわけですが、とあるビジネス書の著者にインタビューをしたときのことです。レコーダーを持ち込まず、〈手書き〉のメモだけで記録をとっているのを見て、「すごい!」と褒めていただいたことがあります。帰り際には「自分のノウハウを整理したいから、そのメモを提供してほしい」と頼まれたほか、「今度、小冊子をつくるから、ぜひライティングをお願いしたい」とまで言われたのです(残念ながら小冊子のお話は実現しませんでしたが)。
では、〈手書き〉のほうが信頼されやすいかと言えば、もう一方でこんな経験があります。インタビューに同行した担当者(その時点では初対面)が「あの人はレコーダーを回してない(から信頼できない)」と話していた、とその担当者の上司から聞かされたのです。その上司は私のやり方を知っていたので「大丈夫だよ」と説得してくれたそうですが、〈手書き〉だから信頼されるわけではない(むしろマイナスに評価される)ケースもあるわけですね。
もちろん、最初に述べたように、どちらであろうと、最終的な成果物がすべてですから、でき上がった記事で評価してもらえれば問題ないでしょう。どちらから「プロっぽいか」を気にするのは意味がないわけです。
以上、粗削りではありますが、〈手書き〉〈録音〉のメリット・デメリットについて述べてみました。参考にしていただければ幸いです。
*話が広がり過ぎるので、「ノートパソコンでメモをとる」ことについては今回は除外しています。先日、若いライターさんのインタビューに同席する機会があり、その人がノートパソコンを使っているのを目にしました。まだ記事は公開されていないのですが、実際の成果物(記事)をじっくり拝見してから、〈ノートパソコン〉によるメモの是非を検討したいと思います(なんかちょっと意地悪ですね)。
*この文章は「インタビュー・マニュアル」制作のためのメモです。
*ここで紹介するのは、唯一の正しい方法ではありませんが、20年以上のライター経験から得た有効なノウハウのひとつだと考えています。