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父の車と洋楽
小さい頃に車で聴いていた音楽って、大人になっても自分の中に根付いているんだなと実感します。
中学に上がるまで、父の運転する車でよくドライブをしました。父が車内で流す音楽は、決まって一昔前の洋楽でした。ビートルズ、クイーン、ビリー・ジョエル、スティービー・ワンダー。当時は曲名も歌詞の意味も知らず聞き流していました。それよりも、外の景色や妹とのお喋りのほうが俄然楽しかったからです。小さい頃は「お父さんってなんかダサい」と父の苦労も知らずませたことを思っていたので、父が聴く曲もダサいと、かなりひどい偏見を持っていました。
私が中学に上がってから父は車を手放し、洋楽を聴く機会もなくなりました。そのまま高校、大学と進み、10年近く洋楽に触れずにいました。
ところが、大学で転機が訪れます。
知人がアコースティックギターで「Killer Queen」を練習していたのです。YouTubeで原曲を聴いたとたん、懐かしさと衝撃が頭を突き抜けました。なんてかっこいいんだろう。お父さんが聴いていた曲は決してダサくなんてなかった。ボーカルの歌声も、ギターのメロディラインも、くらくらするくらいかっこいい。もっと聴きたい…!
電車に揺られながら、布団にくるまりながら、その日だけで10回は再生しました。私はクイーンの虜になりました。
実家の棚から父のCDを取り出してウォークマンに移し、ひたすらクイーンを聴く日々が始まりました。どれも聞き覚えのある曲ばかりでした。メロディを楽しんだ後は歌詞に目を通し、和訳を読み、曲を流しながら歌詞を辿れるまで聴き込みました。クイーンを聴くと、子どもの頃の懐かしさと、ドライブでわくわくしていた気持ちが記憶の奥底で反応して、高揚感と幸福感が込み上げてくるのでした。
数年後、『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットし、クイーンブームが訪れます。映画館でライブ・エイドの観客になれて本当に幸せでした。大きなスクリーンで、映画館の音響で、フレディの歌声を聴けて胸が熱くなりました。
それからはクイーン以外の洋楽にも手を出しました。ビリー・ジョエルを聴き、「Piano Man」の美しいメロディラインとピアノの音色に酔いました。
スティービー・ワンダーの「Isn't she lovely」は妹が生まれた頃によく車で流れていた曲でした。チャイルドシートに乗った赤ちゃんの妹を思い出します。「I just called to say I love you」はキャッチーなリズムが好きで繰り返し聴きました。
ボン・ジョヴィは、有名どころの「It's my life」「Livin' On A Player」を聴いてテンションを上げました。昨今話題になったボンジョヴィおじさんの動画を観て、妹と笑い転げたものです。
ビートルズは、映画「イエスタデイ」を観て聴くようになりました。「Yesterday」の切ないメロディと歌声にうっとりし、「Let It Be」は繰り返し聴いて元気をもらいました。今でも憂鬱な月曜の朝、電車の中で聴いています。
父が車で洋楽を聴いてくれてよかったなあとしみじみ思います。子どもの頃に聴いて記憶の奥底に根付いていた音楽たちが、大人になってから日々の生活を彩ってくれました。惜しむらくは彼らの多くが解散し、あるいはこの世におらず、コンサートに行けないことです。当時を生きていたら、一緒に歳を重ねていけたのになあ。