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マレーシア語とインドネシア語①同じ意味、違う言葉
マレーシア語とインドネシア語、ということで、前回はそもそもマレーシア語ってなに?インドネシア語ってなんですねん?マレー語とはちゃいますの?というところから解説してみました。長ったらしくてわかりにくかったかもしれませんが。
今回からマレーシア語とインドネシア語の様々な相違点を押さえてみます。
なぜ違いが生まれたか
前回の記事と共通することですが、マレーシア語はマレー語ジョホール方言が、インドネシア語はマレー語リアウ方言が基になって標準語、国語として整備された言語です。そのため、そもそもジョホールやリアウで使われていた表現が反映されていたり、インドネシアの場合はマレー語以外のジャワ語やミナンカバウ語といった様々な地方語からも語彙を取り入れたため、同じ言語なのにちょいとした違いが生まれてしまう、ということになりました。
今回は違うものの最たる例で意味は同じだけど単語が違いますよ、という例を見ていきたいと思います。
挨拶をしたいだけなのに
語学の王道と言えば挨拶ですかね。実際、少なくない語学書は挨拶表現から始まっていますし、せっかく新しい言語を学ぶのならまずは挨拶からしてみたい、というところがあるかと思います。
さて、朝が来ました。この記事を書いているのは夜ですが、朝が来たことにしましょう。
前からマレーシア人とインドネシア人が歩いてきたので、元気よくSelamat pagi!と挨拶してみましょう。するとふたりともSelamat pagi!と返してくれるはずです。少なくとも教科書ではそうです。selamatは安全とかそういう意味がありますが挨拶に使う定型語で、pagiは朝という意味なので、ようは「おはようございます!」ですね。この表現はマレーシアでもインドネシアでも問題なく通じます。
なにも違わないじゃないか、と思ったあなた。正解です。挨拶表現、そしてそれに伴って覚えられる時間に関する表現は、朝と晩だけが同じです。夜はSelamat malamと言いますね。malamは夜という意味でSelmat malamではそのまま「こんばんは」と「おやすみなさい」に使えるのはどちらも共通です。
では朝と夜の間の時間帯、お昼と夕方はどうでしょうか。
インドネシア語で「こんにちは!」はSelamat siang!と言うこと意外に有名です。バリ島がリゾート地として定番の旅行先になって久しいです。siangは昼という意味になります。これがマレーシアに行くとSelamat tengah hariということばに変わります。tengah hariとはtengah(中) hari(日)なので、さしずめ日中です。マレーシアでSelamat siangと言うと「インドネシア人かよ」と笑われます。
夕方も同じです。マレーシアではSelamat petang、インドネシアではSelamat soreと言います。主な挨拶表現は朝、昼、夕方、夜の4回だと思いますが、その4回中2回、半分は違う表現なんですよね。それもいちばん人に会いそうな時間帯に限って。
ちなみにお昼はマレーシアではtengah hari、インドネシアではsiangということばを使うと述べましたが、ではマレーシアにsiangという語がないかというとそうでもないのです。よく使われる例としては接辞をつけてkesiangan「日中の」など、ちょっとお堅いことばで使われます。個人的な感覚ですが、マレーシアとインドネシアで主に使われる表現が違う場合、インドネシアの表現がマレーシアでは形式ばったことばとして使われていることが少なくないです。
おさらい
お昼=馬(マレーシア):tengah hari 尼(インドネシア):siang
夕方=馬:petang 尼:sore
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ちょっとピンチ!なときには
人間なのでのどは乾きますしごはんを食べます。ましてマレーシアやインドネシアは赤道直下。ものすごく暑いので水分補給は必須です。そうなると当然、行きたくなるのがトイレですね。
さっそく余談で申し訳ないのですが、マレーシアのトイレってめっちゃ汚いところが多いんです。インドネシアやシンガポール、タイなど周辺国では、高級ショッピングモールならピッカピカのトイレが、庶民的なところにはそれ相応のトイレがあるのですが、マレーシアはなぜかどこに行ってもトイレが汚いんですよね。もちろんきれいなところもありますが、なぜか高級ホテルでも「嘘やん」みたいな汚れ方をしていることが少なくないのです。
閑話休題。
さて、トイレを探すときにマレーシアではTandasという表記に従って歩けば間違いなくトイレがあります。おそらくマレーシア在住の日本人には、マレー語がまったくわからない人でもトイレだけは何というか知っている、という方は少なくないはずです。
ところがインドネシアに行くとtandasという表記は見かけずWCと書いてあることが多いと思います。なんだそれならわかりやすいと、思うのですが、場所によってはkamar kecilと書いています。口語レベルではWC(うぇーせー、と発音します)も多いですが、表記ではkamar kecilも負けていないですね。
インドネシアではtandasと言えば「なに言ってんのお前?」みたいな顔をされるでしょう。違う単語で通じることもあれば、全く通じない例だって少なくないのです。
逆にマレーシアでkamar kecilと言えば「えーっと、どこの部屋のことかな?」となります。なぜならkamarは部屋、kecilは小さい、という意味になるので、ただ単に「小さい部屋」という意味なんですよね。それをインドネシアではトイレという意味で使うわけですが、マレーシアではただたんに小さな部屋という意味にしかなりません。どこの部屋のことか訊かれたら「でかいのをするほう」とでも言っておきましょう。
ちなみにこの「部屋」ですが、マレーシアではbilikという単語を使うほうが一般的です。kamarというとなにか特殊な用途というか、普段使いしない部屋みたいな印象を受けるんじゃないかと思います。
おさらい
トイレ=馬:tandas 尼:kamar kecil
部屋=馬:bilik 尼:kamar
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いざ出発!のまえに
マレーシアもインドネシアも残念なことに日本と陸路で国境を接していないので気軽に行くことはできません。日本が島国なんで陸路で国境を接している国がないんですけどね。それを言ってしまえばインドネシアだってぜんぶ島ですが、マレーシアや東ティモール、パプアニューギニアなど陸路で国境を接している国もいくつかあります。
日本からマレーシアやインドネシアに行こうと思ったら飛行機が一番ポピュラーな手段ではないかと思います。
飛行機はマレーシアではkapal terbang、インドネシアではpesawat terbangといいます。kapalは船でpesawatは機械、terbangは飛ぶという意味であることは変わりません。
マレーシアでは「飛ぶ船」ということで、キャビンアテンダントさんのことをanak kapalと呼ぶことがあります。インドネシアではおそらく使わない表現ですね。CAさんのことを男性に対してpramugara、女性をpramugariと呼ぶのは共通していますが、anak kapalはざっくり飛行機の乗務員、というかんじだと思ってください。インドネシア語で飛行機は「飛ぶ機械」です。
飛行機が発着するのは飛行場、空港ですよね。これもまたマレーシアではlapangan terbang、インドネシアではbandar udaraと呼びます。lapanganは広場なので「飛行場」、中国語の知識がある方は「機場」という表現がしっくりくるでしょうか。インドネシアではbandar(港) udara(空)で日本語のまま「空港」といった表現になります。
その国の空の玄関口は国際空港ですが、国際というのもインドネシアでは英語と同じくinternasional(綴りに注意!)ですが、マレーシアではantarabangsaということばになります。antarabangsaはantara(あいだ)とbangsa(国)をくっつけたことばで、これは後々に解説しますがマレーシアによくある造語です(複合語の扱いについては後々に解説します)。
なのでクアラルンプール国際空港というときはLapangan Terbang Antarabangsa Kuala Lumpur、
スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタの玄関口)はBandar Udara Soekarno Hattaです。
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ちなみにマレーシアで頑張って「らぱがんとぅるばんあんたらばんさ…」と覚えても「エアポートね!」とその努力を一瞬でつぶしにかかられます。もっといえばクアラルンプール国際空港はKLIAという英語由来の公式略語がありますのでそっちを使うことが多いです。
空港といえばインドネシア、Bandar UdaraはBandaraと省略されます。これまた余談ですが、それぞれ長い語を省略して愛称などを付ける場合、インドネシアではbandaraのように前後の語の頭部分をとって新しい語彙をつくるのに対して、マレーシアでは頭文字のアルファベットを粒読みするだけ、といったのがよく見られます。
さて、マレーシアやインドネシアを目指すあなたはいつ出発するのでしょうか、という質問をされるかもしれません。
「いつ」というのはマレーシアではbila、インドネシアではkapanといいます。そして出発はマレーシアでberlepas、インドネシアではberangkatなので、それぞれ「いつ出発するの?」はマレーシアでは"Bila berlepas?"、インドネシアでは"Kapan berangkat?"と訊かれるでしょう。
さらに空港関連でいえば出発、到着をそれぞれマレーシアではperlepasanとketibaan、インドネシアではKeberangakatとKedatanganという表現になります。さきほどの出したものを使って「国際線出発」はそれぞれマレーシアではPerlepasan AntarabangsaでインドネシアではKeberangkatan Internasionalと書きます。これが国内線ならインドネシアでは英語由来のDomestikを使うのにマレーシアではマレー語でそのままDalam Negeri(dalam=内、negeri=国)です。
おそらくそれぞれの表現はお互いに通じますが、相手は微妙な違和感を感じると思います。
おさらい
飛行機=馬:kapal terbang 尼:pesawat terbang
空港=馬:lapangan terbang 尼:bandar udara(bandara)
いつ=馬:bila 尼:kapan
出発=馬:berlepas 尼:berangkat
国際=馬:Antarabangsa 尼:Internasional
国内=馬:Dalam Negeri 尼:Domestik
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いろいろな「違い」をみつける
マレーシア語を勉強してインドネシアへ、またはインドネシア語を勉強してマレーシアへ行くと、それぞれ違った発見があるので面白いところではありますが、基本的な表現からして既に違うところがあるというのが現実です。違いを楽しめるといいのですが、緊急時などにはそうも言ってられないことだってあるので、わからないものはわからないのだと割り切ってそのときは英語で乗り切るとか、違う表現を聞き出すのもいいかもしれません。
というわけで、ほかにも様々な違いがあるのですが、軽くいくつかご紹介しておわりましょう。
お店=馬:kedai 尼:toko
お買い物をするときにわからないと大変ですね。マレーシアではtokoという語彙もないわけではないので最悪、通じます。本屋さんはkedai buku、toko bukuというふうに書きます。
新聞=馬:surat khabar 尼:koran
surat(手紙) khabar(便り)はそのまま「伝える紙」といったかんじでしょうか。koranはそのまま新聞ということらしいです。
靴=馬:kasut 尼:sepatu
無料=馬:percuma 尼:glatis
意外にこういう日常的に使うようなことばが違ってたりするので、ときたま通じなくて困ることがあります。無料の靴なんて履きたいとは思わないかもしれませんが、マレーシアではKASUT PERCUMA、インドネシアではSEPATU GLATISなんてアピールの方法がとられるでしょう。先ほどの語を合わせて「靴屋」はマレーシアでkedai kasutとインドネシアではtoko sepatuといったような応用もできたりします。
休み=馬:cuti 尼=libur
ちょっと突っ込んだ文法の話をすると、インドネシアではliburに-anの接尾辞を付けてliburanとかいろいろ活用する印象がありますが、マレーシアはcutiそのまま単独で使うかなといったかんじです。
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全く違う語を互いに理解できるのか
個人的な所感、マレーシアのマレー人は特にインドネシア語コンテンツに触れることも多いので、こういった違いがあっても理解してくれることは少なくないですが、マレーシアのマレー人以外のインドネシアコンテンツに触れることが少ない人たちや、インドネシアの人たちはマレーシアのコンテンツに一般的には触れないので、お互いの違う言葉はわからないことが多いのではないかというかんじです。
また先述の通り、お互いに全くないというわけでもなく、マレーシアではインドネシアのほうで使っている語がお堅い場面で使われる語になっていたり、その逆があったりします。あとそういった語がなぜか互いに「あっちの表現が古臭い」なんて思われていたりして、僕はマレーシアのマレー語を話すとよくインドネシア人に「マレーシアのことばは古風なかんじがします」なんて言われたりもしました。
そんなわけで今回は、同じ意味だけど明らかに違うだろ、みたいな語をいくつか紹介しました。次回は「同じ意味だけどビミョーに違う語」を紹介していきたいと思います。
Terima kasih!(ありがとうございます)
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