バオー来訪者          荒木飛呂彦の描く、バイオレンスヒーローの活躍。

 漫画家の荒木飛呂彦といえば、『ジョジョの奇妙な冒険』で有名であると思うが、それのみならず、ジョジョ連載開始の前後でも、幾つかの作品を執筆している。その中で、ジョジョの連載の直前に、連載されていた作品が、今回のテーマである作品「バオー来訪者」である。

 「バオー来訪者」は、1984年週刊少年ジャンプ45号から翌年の85年の11号まで連載された。その後、1989年にOVAが製作、劇場公開もされ、さらに時を経て、2013年にはPS3用ソフト「ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル」において、プレイアブルキャラクターとして登場したのは記憶に新しい。                                 

 本稿では、純粋に私が好きな漫画である「バオー来訪者」について、その魅力を書ける限り書くだけのものである。若干ネタバレ要素があるかもしれず、解釈が読者の皆さんと違う可能性はもちろん、こちらでは気を付けているものの、情報に誤りがあるかもしれないが、もしよければご一読いただけると、ありがたい。

 まず、「バオー来訪者」とはどんな物語なのか。この物語は、旧日本軍の化学細菌戦部隊に由来、ベトナム戦争時米国の特殊兵器開発の研究機関として発足した秘密結社「ドレス」によって作られた、寄生した生物を変身させ、強靭な力を発揮させる「武装現象(アーマードフェノメノン)」を引き起こす生体兵器の寄生虫バオーを移植させられた少年、橋沢育郎と、超能力を有するがためにドレスに狙われた少女、スミレの、ドレスとの戦いと逃避行を描いた、SFバイオレンスアクションである。 

 人体手術によって、人ならざる者にされた主人公が、自身の身体を改造した悪の組織と戦い、己の存在に葛藤する、という構図に、一部の人はある作品とデジャブを感じるのではないだろうか?その作品というのが、萬画家、石ノ森章太郎の代表作『仮面ライダー』だ。

 これを読み始めた高校時代の私は「この構図は、仮面ライダーに似てるな。ある意味、荒木飛呂彦版 仮面ライダーともいえるんじゃないのかな?」と思った(仮面は被らないけど)。仮面ライダーも前述の構図と同じ、秘密結社ショッカーによって、改造人間にされた本郷猛が仮面ライダーとして彼らに立ち向かう物語である。特撮シリーズからの仮面ライダー好きだった私としては、バオーは非常に引き付けられるものを感じた。(偶然にも、それぞれの原作者、荒木氏と石ノ森氏は同じ宮城出身の漫画家であるのも、興味深く感じる)

 しかし、大まかな構図こそ近いが、その描き方は、全く異なる。先ず、人体改造と言っても、主人公の育郎は、肉体を機械化されたわけではなく、その肉体を変異させる生体兵器を人工移植されるというもの。変身した時も、特殊な外装を纏わず、皮膚の変色、変形によるものであることから、生態的な様相になっている。更に、変身した際に、人間としての理性は寄生虫バオーの麻酔作用によってほとんどなくなり、ほぼ本能のままに「におい」をたどって、敵と戦うなど、仮面ライダー以上に、人間性が薄く、不気味で、クリーチャーチックだ(後半は少しずつ、育郎の意識を残し、力のコントロールが出来る様になる)。言葉は発さず、ただ「ウォォム」「バルバルバルバル」と、鳴き声と思しき、独特な叫びを発するのみである。特にこのような独特な表現は、後にジョジョを手掛ける荒木氏の強い個性が垣間見えているように思う。

 戦闘能力も特殊だ。育郎がバオーの力に覚醒した際に発動するの「武装現象」、所謂得意技、必殺技と言われるものと考えてもらっていい。その一つ「バオー・メルテッディン・パルム・フェノメノン」。これは彼が最初に能力に覚醒した戦いで、敵の第22の男を倒した際に使用したものだが、手から出た体液が強力な酸に変化し、それに触れたものを溶かしてしまうという、独特ながら、必殺力の高いものになっている。                           

 それ以降は、空気に触れると発火する硬化した髪の毛を発射する「シューティング・ビースス・スティンガー・フェノメノン」(言うなればゲゲゲの鬼太郎髪の毛針が可燃性になったもの?)、両手首の皮膚を硬質化し刃に変えて攻撃する「リスキニハーデン・セイバー・フェノメノン」。そして、体内の筋肉細胞ひとつひとつを、乾電池の原理で直列状につなぎ、通常の人間が発生させる何十万倍の強力な電気を発生させる「ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノン」と、武装現象を起こしていく(メルテッディン・パルム以降は若干、ヒロイックな印象がある。)                                                          

 これら武装現象の描写で面白いのが、科学的根拠による考察を用いた説明が本編中なされている所。ただの必殺技より現実的な具体性を持って説明を行い、描写についても納得がいき、作品を観ていると、出てきがちな矛盾やツッコミを極力避けれるものになっており、独自のリアル思考の演出として、作品の魅力の一つになっている。

 さて、最後に、登場キャラクターの魅力にも触れねばならない。今回は主要人物二人(と一匹)についてお話しし、他のキャラクターについても、簡単に述べておこうと思う。

 先ず主人公の橋沢育郎。ある日を境に、家族と人間としての人生を奪われ、バオーの力を与えられた、悲劇の少年である。普段は物静かで多くを語らない、優しい性格であり、これがまた異能の力を持つ者の哀愁を感じさせるのに、十分な舞台装置となっている。そしてその中にある、正義感や後半にかけて強まっていくスミレを守ろうとする強い思いはやがてバオーの呪縛をも乗り越えていく。

 次に、彼と行動を共にする、超能力少女スミレ。可愛らしくもコミカルなキャラクターが楽しい本作のヒロイン。この彼女がまた相当なおてんば。序盤から列車の中から、逃げ出さんと大立ち回りを演じ、偶然にもバオーを移植された育郎を目覚めさせ、また、ドレスからの追手から逃れ、山小屋で休んでいる中、家主の六助じいさんに悪口垂れまくる。と、ここまで聴くとヒロインとして心配になってくるが(山の中で偶然通りかかった、登山客の女の子達に、しみったれ扱い受けてしまうし)、大丈夫。育郎に淡い思いを抱きながら、序盤は特に、その超能力を用いて、育郎を常に助け、特に中盤では、ドレスによる一般人の巻き添えと育郎の悲劇を涙を流しながら怒り、終盤の、囚われの身となり、過酷な拷問を受けながらも、育郎を思う姿に健気さを見せ、ラストへ向けて、気丈な女性への成長すら感じさせる。

 そんな、育郎、スミレと一緒なのがノッツォという、リスのような、人工生物。本作のマスコット的なキャラで、「プーダ」という鳴き声がまた可愛らしいのだが、獲物のゴキブリや、敵の追手を膝部分にしまってあるトゲで仕留めたり、高いビルから飛び降りて、しっぽの綿を膨らませて、パラシュート代わりにしたりする等、なかなかにアグレッシブな動物(ちなみに、性別は雌らしい)。

 では、彼ら2人の敵となる、秘密結社ドレスの面々にも触れてみよう。 本作の親玉であり、ドレスにて寄生虫バオーを開発した霞の目博士。バオーの生みの親故か、バオーを目覚めさせることへの危機感が人一倍強く、最も恐れながらも、その力に最後まで惹かれていた。その実験のために必要な育郎を引き取るために、非常の手段を容易く執ってしまう、まさにマッドサイエンティストな男である。                      

 そして彼の送り込む、刺客たちも残忍かつ、それぞれ個性的な強さを誇るものたちだ。中にはマーチンという、戦闘用に訓練された大猿や、特殊な香りを放ってバオーを苦しめるアロマ・バットと、ドレスの生物兵器も数体登場している。                            

 そんな中でも、特に強敵であり、バオーのライバルとして名高いのが、絶滅したインディアン、スクーム族の生き残りである、超能力者の大男、ウォーケンである(彼の絵がまた、永井豪ないし石川賢のダイナミック絵柄っぽいのが、驚異を増させる。)。物語の終盤で登場し、今までの刺客を圧倒しかねない強さを見せ、バオーと熾烈な戦いを2度も繰り返した。(詳しく話すとネタバレになりかねず、ましてこのラストは言葉で話すのはもったいないと思うので)この戦いの結末は是非読者の皆様の目で確かめて頂きたい。

 これまで、バオー来訪者の魅力について語って来たが、如何だっただろうか?この文章で、バオーの全てを語れたとはとても思えないが、語れる限りは語らせて頂いた。                         

 奇才 荒木飛呂彦、若かりし頃の、ジョジョとは全く異なる、深みのあるリアル思考の世界観と、悲哀と優しさに満ちたヒーロー像。是非これを機にご一読頂き、この作品の面白さを共有していただけると幸いである。


 


 

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