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キングダムを戦略・戦術の観点で読み解く(山陽攻略戦編)
キングダムとは
まず「キングダム」は原泰久先生による作品です。
中国の春秋戦国時代において始皇帝が主人公である信と共に中華統一を行う物語。
キングダムを語る会については何度もやっていますが、本当に読む人によって捉え方が変わる漫画だと感じてます。
人によってはキングダムをマネジメントの漫画だと捉え、
人によってはキングダムをリーダーシップの漫画だと捉え、
人によってはキングダムを人間心理の漫画だと捉え、
人によってはキングダムを春秋戦国時代の歴史漫画だと捉え、
人によってはキングダムを同じシーンの殺戮漫画だと捉えています(なんだそれはw)
僕はキングダムを戦略と戦術の漫画と捉えてます。なので、好きなキャラクターは昌平君、王翦、李牧等の知略系が好きで、信、龐煖、麃公のような武力系はあまり好みません。
テーマとしても「紫夏が政を趙から脱出させる話」「成蟜絡みの話」や「信と龐煖との対決」はあまり好まず、このテーマの時はほぼ読み飛ばしですし心も全く動きません。
やはり戦略と戦術の漫画として捉えるなら「山陽攻略戦」「合従軍編」「鄴攻略戦編」あたりがたまらないです。
今回は2022年ゴールデンウィークの自由研究として「山陽攻略戦」を題材として戦略・戦術の観点から読み解くということをやってみます。
戦略と戦術という概念
まずは戦略と戦術の概念について簡単に整理していきます。
戦略と戦術って本を読んでも本によって定義がバラバラで本当に難しいですよね。さらに戦略の説明となるとすぐに戦略は戦争から生まれクラウゼヴィッツ「戦争論」うんたらかんたらから始まって、頭の中がカオスになるのわかります。
無理やりでも良いので自分で使う定義を持ち、戦略と戦術を概念としてシンプルに理解してしまうのがなんだかんだで現場では一番使えます。
その点で僕のオススメはUSJを再生させたことで有名な森岡さんの本が概念を一番わかりやすく説明していると思います。森岡さんの本に記載している内容をベースに簡単に戦略と戦術をまとめます。
目的・戦略・戦術・実行
戦略と戦術以外にも大事な概念があって、それは目的と実行です。
目的を達成するために戦略・戦術を構築し、それを実行するという流れになります。
それぞれの概念を簡単に紹介します。
目的:達成すべき命題
戦略:目的を達成するための経営資源の配分、どこに集中させるか
戦術:戦略を具体化するためのアイデア・実行プラン
実行:戦略・戦術をやり切ること
経営資源
「戦略」にとって大事な概念なので「経営資源」について補足します。
経営資源も色んな定義がありますが、森岡さんは「カネ・ヒト・モノ・情報・時間・知的財産」と捉えているようです。
キングダムで特に重要なものは軍事力という意味では「ヒト」、敵が誰がどのように攻めてくるかを事前に知る知らせないという意味での「情報」が重要です。李牧が王騎を破ったのはまさに情報封鎖により援軍を悟らせなかったのが要因であり「情報」が功を奏したと言えます。
呉鳳明が出してきた井闌車は「モノ」の代表かもしれません。特許制度があれば、「知的財産」にもしていたかもしれませんが、古代中国にはもちろんそのような特許制度はありません(笑)
戦略のカスケードダウン
もう一つ戦略と戦術の理解をわかりにくくしている点について補足します。「戦略のカスケードダウン」という概念を理解しておくと便利です。
戦略のカスケードダウン:
戦略が組織の上層から末端まで下方展開されていくこと
(角川書店単行本) 森岡 毅 (著)より
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(角川書店単行本) 森岡 毅 (著)より
当事者の視点レベルによって、「目的→戦略→戦術」の視点が変わることです。すなわち、当事者の視点レベルによって、同じことが戦略になったり戦術になったりすることです。概念的の理解が難しいので後ほど国王・総司令官・総大将・千人将の4つの視点をベースに説明します。
「山陽攻略戦」を読み解く
概念だけの空中戦では理解が深まらないので、早速キングダムの「山陽攻略戦」を例として戦略と戦術の概念を使って読み解いていきたいと思います。
法律や司法試験の勉強で何度も繰り返しましたが、難しい概念を理解するには抽象的な概念と具体例(判例の事実など)を行き来するのが一番良いですね。
山陽攻略戦とは
山陽攻略戦はキングダムのコミック17巻から23巻に掲載されています。
李牧・龐煖のコンビによってファンが多い王騎がこの世を去った前半のハイライトとも言える「馬陽の戦い」の直後の戦いとなります。
秦国の総司令官である昌平君、山陽に攻め入る総大将の蒙驁、後に将軍として大活躍する王翦と桓騎も初登場です。主人公の信と同世代のライバルであり戦友になる 蒙恬と王賁も登場します。
魏は元趙国三大天の廉頗が実質的な総大将として立ち塞がります。
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秦国の目的・戦略・戦術
戦略のカスケードダウンの概念に沿って「山陽攻略戦」についての秦国の目的・戦略・戦術を整理します。秦の国王(嬴政)・総司令官(昌平君)・総大将(蒙驁)・千人将の視点(信 蒙恬 王賁)を例として順番に整理します。
秦の国王:嬴政
・目的:中華統一
・戦略:武力で六国を滅ぼす(昌平君よ任せたぞ)
・戦術:(昌平君よ任せたぞ)
秦の国王である嬴政は政治的な目的として中華統一を掲げていますが、軍事力を使ってどのように六国(斉 · 楚 · 燕 · 韓 · 魏 · 趙)を攻略して中華統一を進めていくかという具体的な話を嬴政自身したことは物語全体でも触れていません。具体的な実現策については総司令官である昌平君に委ねていたと考えるのが自然でしょう。
物語の中では中華統一までの詳細は記載されてはいませんが、昌平君の頭の中にはどのような順番で六国を滅ぼしていくかのグランドデザインはあったと思われます。
昌平君のグランドデザインの中で山陽の奪取は重要なマイルストーンであったことは物語の中でも描かれてます。今回の「山陽攻略戦」においては昌平君の目的は山陽の奪取であるとおくことにします。
秦の総司令官:昌平君
・目的:山陽の奪取
・戦略:魏軍とだけ戦う
・戦術:趙と楚と戦わないで済むように対応する
昌平君の視点が最も戦略っぽいものです。
目的は「山陽の奪取」、しかし山陽は中華の要所であることから魏はもちろんのこと隣国である趙と楚も援軍を送り邪魔をしてくるため、秦国は魏・趙・楚と同時に戦うことを想定しなければならず、山陽を攻略するに足りるだけの自軍の戦力を集中することが難しい状況にありました。追って説明していきますが、この状況を打破するアイデアと実行プランを当時の状況と合わせて昌平君は練りだします。
秦の総大将:蒙驁
・目的:魏軍の本陣を討ち取る
・戦略::本陣を守備に集中、右軍左軍を攻撃にする
・戦術:
①守備:できるだけ兵力を削られないような戦い方をする
②攻撃:副将(王翦と桓騎)の機転に任せる
現場の総大将は秦の大将軍である蒙驁です。
蒙驁の目的は山陽の現場で「魏軍の本陣を討ち取る」ことにあり、そのために本陣を守備に集中、右軍左軍を攻撃にするという戦略を取りました。もしかすると、この大枠の戦略も昌平君が蒙驁に授けていた可能性が高いです。
(信 蒙恬 王賁で輪虎軍に向かう場面)
秦の千人将:信 蒙恬 王賁
・目的:輪虎を討ち取る
・戦略:輪虎に信 もしくは王賁を一騎討ちの状態に持ち込む
・戦術:輪虎兵に蒙恬軍を突撃させる
戦いの現場の状況は様々あるのですが、イメージを持ってもらうために一部分だけ切り取って説明します。信 蒙恬 王賁で輪虎軍に向かう場面があり、中央軍は守備に特化しているとはいえ、中央軍の主攻である輪虎を抑え込まないといけなかったのです。蒙恬は輪虎兵に蒙恬軍を突撃させるという戦術を考えて信 と王賁も乗っかりました。
山陽攻略戦の戦略と戦術
ここまでも長かったですが、山陽攻略戦を戦略・戦術の観点で具体的に読み解いていきましょう。
まず大前提として秦国の目的は中華統一です。
この目的を武力で六国を滅ぼすことにより達成するために昌平君のグランドデザインとして山陽の奪取がありました。
しかし、当時の時代背景として山陽という地の重要性は明らかだったため、山陽を保有している魏の大きな抵抗に加えて、趙と楚の魏への援軍も予想されていました。このような背景から秦国は秦国は魏・趙・楚と同時に戦うことを想定しなければならず、山陽攻略に足りるだけの自軍の軍力を集中させることができないでいました。
この状況を一変させる事態が起こります。
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呂不韋が李牧の交渉の結果、なんと秦趙同盟が成立します。この同盟により趙は魏に援軍を送ることができなくなってしまいました。秦趙同盟をきっかけとした山陽攻略戦の開始は李牧も痛いところをつかれたという感じのコメントを残しています。
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秦国としては楚を抑えれば、魏軍にだけ集中することができ魏に対して山陽攻略に足りるだけの自軍の軍力を集中させることができます。楚に対しては当時の大将軍である蒙武・張唐・麃公の大将軍で備えることにより楚からの援軍を防止することができます。合わせ技で趙と楚の援軍を抑え込んだのが山陽攻略戦における戦略の最も大事なポイントです。
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昌平君は魏軍にのみ集中できることから魏に対して山陽攻略に足りるだけの自軍の軍力として二十万強の大軍を興しました。総大将は蒙驁です。
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副将として世がまだ気づいていない化物である王翦と桓騎も軍力の中に入っています。今タイムリーにキングダムを読んでいる皆さんは王翦と桓騎が化物ということは知ってますよね。昌平君は王翦と桓騎が化物であることを把握しており、大きな戦力の投入と捉えていた可能性が高いです。
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迎え撃つ魏は元趙国三大天の廉頗をぶつけてきました。廉頗は当時最強クラスの将軍で同規模の軍力では正面から勝てる将軍は中華にいないとまで言われていました。
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それでも昌平君は中華統一という目的のために無理は承知でこのタイミングで山陽奪取の勝負をかけました。(このコマから昌平君の頭の中には中華統一のためのグランドデザインがあるんじゃないかと読み解きました。)昌平君も確実に勝てる状態とは思っていなかったようですが、この最良のタイミングで総大将の蒙驁+王翦と桓騎+20万の軍力という軍力を突っ込んでいることから十分に勝算はあったと考えていたのでしょう。
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ここからは現場レベル(蒙驁視点)では戦略ですが、全体像レベル(昌平君視点)からは戦術に入っていきます。
蒙驁率いる中央軍は守備に徹して、副将の王翦と桓騎が敵本陣を落とすという策をとることにしました。蒙驁の戦略(昌平君が授けた戦術?)が成功するかどうかのポイントは2つあります。
中央軍(信 蒙恬 王賁)が輪虎軍を退けることができるか
右軍左軍(王翦 桓騎)が魏の本陣を落とす
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まず成功のポイントの1つである中央軍(信 蒙恬 王賁)が輪虎を打ち取ります。 蒙恬の輪虎に到達するために輪虎兵を狙うという戦術も成功し、信の輪虎を討ち取るという実行力(武力)があったのもうまくいった要因かと思います。
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次に2つ目の成功のポイントである魏の本陣を落とすことを桓騎が実現させました。桓騎だけはトリッキーすぎて戦略・戦術で分析しにくいのですが、山中に消えていきなり別部隊と合流して魏の本陣に襲いかかったようです。
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しかし、戦場では予測不能なことが起こります。今回の山陽攻略戦でも秦国が最初に描いた盤面とはやや異なる形になりました。廉頗が王翦を押し込んだことによって蒙驁が背後を取られてしまい、この背後から来る廉頗軍も退けないといけないことが成功のポイント3として浮上してしまったことです。
3.蒙驁が背後から来る廉頗軍を退けること
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最終的には中央軍が輪虎軍を退けたことと王翦軍が無傷の状態で出撃が可能であったことが合わせ技になり、廉頗は立て直しを諦めて降伏しました。
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不測の事態も乗り越えて秦国は成功のポイントを3つ共クリアすることにより山陽の奪取という目的を達成しました。
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考察
最後に山陽攻略戦の考察を行いたいと思います。
山陽攻略戦の成功要因は3つです。
昌平君が秦趙同盟の利を生かし楚も抑えつつ、深刻は魏軍とだけ戦う状況で山陽を攻略できる軍力を集中させたこと
蒙恬の輪虎兵を狙う戦術の成功、信の輪虎を討ち取るという実行力
桓騎がトリッキーな戦術により魏の本陣を落とすことに成功する
戦略・戦術・実行のどれが大事か
昌平君の戦略、蒙恬・桓騎の戦術、信の実行力も素晴らしいものがありました。この中で何が重要か、戦略、戦術、実行のどれが大事かという問いと同様です。
戦略は正しい方向性を決め、戦術は実行プランのことと言えます。
もし、昌平君が「魏軍とのみ戦う」という戦略を打ち出しておらず、魏・趙・楚と全方位で戦いながら山陽を落とすという状況になっていたらどうでしょうか。おそらく蒙恬・桓騎の戦術、信の実行力がうまくいったところで焼石に水で魏・趙・楚に挟み撃ちにあい全滅に近い状態になっていた可能性が非常に高いです。むしろ、蒙恬・桓騎の戦術、信の実行力があればあるほど、間違った戦略を推し進めてしまう可能性すらあります。
すなわち、戦略の方が戦術より大事でよく言われる「戦略の大きなミスは戦術ではカバーできない」というのはここからきています。
良い戦略とは
昌平君の戦略はやはり大前提あり、素晴らしかったということになるのですが、もう一歩考察を進めます。昌平君の戦略はどのあたりが素晴らしかったのでしょうか。
戦略:目的を達成するための経営資源の配分、どこに集中させるか
森岡さんの本で記載されている良い戦略と悪い戦略を見分ける4Sチェックを使ってみます。
Selective:やることとやらないことを明確に区別できているか
Sufficient:経営資源がその戦局での勝利に十分であるかどうか
Sustainable:短期ではなく中長期で維持継続できるか
Synchronized:自社の特徴を有利に活用できているか
(角川書店単行本) 森岡 毅 (著)より
Selective:昌平君は魏軍とのみ戦うこととして、趙とは同盟の活用で戦わない、楚には大量の軍力で威嚇することにより実質的に戦わないこととして、やることとやらないことを明確に区別しました。
Sufficient:魏軍とのみ戦う前提ですが、その魏軍は廉頗が率いることになり、魏軍の戦力は大幅に増強されました。昌平君は蒙驁+王翦と桓騎+20万の軍力を投入しました。ここからは推測ですが、昌平君は王翦と桓騎が六大将軍級のポテンシャルがあること、信 蒙恬 王賁が一定の覚醒があることを前提として軍力を計算していたのかもしれません。それならば廉頗が相手でも勝利に十分であると。
Sustainable:どのくらい長く戦う前提だったかにもよりますが、数ヶ月レベルの短期決戦の前提だと兵站も足りていたのではないかと思います。
Synchronized:王翦と桓騎の知略と実行力、ポテンシャルを昌平君はよく把握していたのでしょう。また癖のある王翦と桓騎を使いこなす蒙驁の懐の深さ、信 蒙恬 王賁のポテンシャルという特徴を把握した上で、現場での戦略を設計していました。
こうして4Sチェックを当てはめていくと昌平君の戦略は非常に良い戦略だったと言えるでしょう。
終わりに
キングダム山陽攻略戦を戦略・戦術の観点から読み解いてみました。いかがでしたでしょうか。
この昌平君の大戦略の成功がいかに中華統一に近づけたかということが解説されているページがあります。合従軍編のところで李牧が他国の将軍達と話している場面で山陽の一手は中華全土を盤面だとすると詰みの一手に近かったというくだりです。
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この2ページが僕はキングダムの中で史上最大にスケールが大きいことから最も好きなシーンです。このシーンをみてGVAは東南アジアの山陽はシンガポールだと言ってシンガポールに進出しました(笑)
以上が2022年ゴールデンウィークの自由研究でした。また機会があれば「合従軍編」とか「鄴攻略編」とかを題材にして書いてみようかと思います!