赤木青緑「青い光、赤い闇」感想
「文芸くらはい」はシロート読者・春Qが文芸作品を読んでアレコレと感想を書く企画です。感想を書いていい作品は絶賛募集中。詳細はこちら。
◆春Qの近況
無事に上京しました。今後ともよろしくお願いします。
◆本記事の説明
今回、赤木青緑さんの「青い光、赤い闇」の感想を書くわけなんですけれど・・・作者の赤木さんは、ありがたいことに「文芸くらはい」三度目のリピーターでございます。感謝御礼🎉🎉🎉大当たり~🎶
前回、前々回の記事はこちらです!
なんといっても本企画、作品を送ってくれる人がいないことには成立しませんから! 三度も自作を預けてくださった赤木さんには足を向けて寝られないってワケです・・・。
というわけで本記事では赤木青緑作品を大フィーチャー! noteに投稿された発表作を総ざらいしつつ、送っていただいた「青い光、赤い闇」の読み解きをする流れでいきます!
◇作品リスト
じゃんけん
美食家
心願
星
鯨の唄
手元で速く鋭く曲がる
動きながら考えろ
顔
ゴールデンタイム
びゅう
草の力
蒼空耳
輝き
輪郭
死んだのはあの日だったのかこの日だったのか覚えておらず
雨上がりのデスロード
ぐれいとぶっだぶりーず
心臓
伴走者
エンドレスリピート
ドイツ神話
お部屋探しは十生
はて
今を生きる
原点回帰
笑顔
風を食べる
魔女
ウルスラの教え
チョコレートの香り
きな粉
お誕生日
生きるに尽きる
細い魚
春の細さ
憂鬱な春
西陽
青い光、赤い闇
生活
天空の海
闇色の珈琲は光の味がする
神の声
くさくあれ
どうしようもなくなっている人を救う
戦争反対
長さ大会
鼻の長い動物
2024年10月1日現在、noteで公開されている作品は全47作品。太字は春Qが読んで感想を書いたもの。
春Qは四年分の投稿記事を読みました。これがねえ、読んでる間かなり癒された。
ごく個人的な話ですけど、引っ越しって意外と待ちの時間が多いのですよ。それでいてゆっくりもしてられない。たとえば家に業者が来るまでの間とか、役所の手続きで座っている間とか、なんかもうソワソワと落ち着かなくて。
そんななか息継ぎのように文芸作品に触れられたのは有難いことでした! 赤木さんの作風が自由なのもまた良かった。
ジャンルは小説、エッセイ、詩、童話とさまざま。書き方も(なるほどこの人が主人公か)と思って読み進んでいくと地の文がキャラクターのように顔をのぞかせたりする。
引用した「雨上がりのデスロード」の主人公はトオルです。この文章もトオルの自己卑下といえばそうなんですが、通して読むと地の文が物語の外からトオルを批判しているように読める。
前回感想を書いた「びゅう」でも、地の文が物語に対して強い力を持っていました。登場人物の誰も知るよしがないイキモノ「びゅう」の感情を、地の文は把握している。(一方、びゅうの設定は曖昧にぼやかしている)
この2作品の公開時系列は、「びゅう」/2021年11月28日→「雨上がりのデスロード」/2023年9月17日となっています。
公開記事を頭から読んでいた春Qは(まあ書き方のクセみたいなものかな?)と思いました。思っていました。2024年3月5日公開の「今を生きる」を読むまでは・・・。
この「わたくし」には記憶障害がある。文章は小宮山なる人物の代筆です。しかし代筆によって書かれる「わたくし」は、小宮山が書く架空の「わたくし」であると認識している。・・・ストーリーは人生訓的ですが、物語における人称の問題にガッツリ取り組んだ作品じゃないか、と思いました。
ではその後、赤木作品の人称表現はどうなっていったか。詩や一人称の作品が続いたあと、2024年8月4日「西陽」が公開されます。
なんとW主人公へと昇華されるんですねェ~!!
「西陽」は「僕」が主人公の一人称小説です。しかしここで書かれている老人が主役級の扱いを受けているのは明らか。春Qは、老人は「僕」の内的世界の住人なんじゃないかと思いました。うーん、もしそうじゃないとしても「魔女の宅急便」のキキとウルスラ、あるいはキキとジジのような分身的な存在なんじゃないのかなあ。(余談ですが「ウルスラの教え」という作品もある。)
地の文で曖昧につながっていた二人が、終盤に突然、電話で会話をする。
この会話にカギカッコがついていないのも、精神世界での会話っぽいですよね。「しかし天命に従うのはよかった。」以降の文章、どう思います? 「僕」の思考なのか。「僕」をさらに俯瞰した地の文がキャラクター化しているように読めるのはうがちすぎすぎなのか。
はて。(余談ですが「はて」という作品もある。)
ところで、赤木作品にはいくつかの共通したテーマがあります。春Qがざっくり分類したところだと神なるもの、死生観、命の片割れ、女について、立ち位置の表明などですね。「生きるに尽きる」はそれらのテーマ全部のせということになりますが・・・。
「西陽」は、希死念慮の強い老人と「僕」の関わりを描いています。テーマとしてはもちろん死生観を扱っている。また「ゴールデンタイム」、「びゅう」、「草の力」で書かれたような、おっさんなるものの行きつくところが「西陽」の老人の姿なのかもしれないなあとも思いました。
・・・リストを俯瞰しながら作品を読むと、楽しいですね!
さて、今回取り上げる作品「青い光、赤い闇」は、この「西陽」の次に公開されました。同じく希死念慮の強いキャラクターが登場しますし、「西陽」から受け継いだW主人公の系譜が、三人称の文体になったことでより濃く感じられます。まずはあらすじをどうぞ~
◇「青い光、赤い闇」あらすじ
青星祈と赤星願は仲が良い。祈がまばゆいほどのポジティブ思考であるのに対し、願はすぐ「死にたい」と言うような内省的な性格。出会った二人は考え方の違いからよく喧嘩になったが、変わらず一緒にいた。
ある日、大きな揺れが起こった。祈は安否を確かめるため願に電話をかけ「死を感じた」と話す。それに対し、祈に会ってから死にたいと思わなくなったと言う。
願を知ってから死を恐れるようになった祈とは対照的だった。
別の日、願のもとに祈から手紙が届く。その日は二人が出会った記念日だった。手紙の中で祈は、願に出会い死を知ることができたことを感謝していた。手紙を読んだ願は初めて生きたいと思った。二人は惹かれ合い、合わさろうとしていた。
青い星と赤い星の設定は脇において、祈と願のパートナーシップの話として読みました。作中では現代的な電話や郵便が機能しています。寓話としても現代日本の若者二人の話として十分通じますし、ところどころのSF描写は二人の関係性や距離感を演出する装置のように思いました。
たとえば冒頭部を見てみます。
三つの部分に分かれているのがわかりますか?
わかりやすく改行するとこんな感じ。
前・中・後と場面が違う。前部には「青」という「わたしたち」群体の語りがあり、中部には物語終盤とリンクする一文があり、後部には物語の具体的な開始(=揺れ)がある。
初読時、青星祈が念じている「はやくはやく」は、揺れがはやくおさまってほしいという意味にとれますが、最後まで読むと赤星願の「ゆっくりゆっくり」に呼応しているとわかる。だから前部と中部は曲でいうイントロのようなもの、Aメロは後部から始まると解釈したわけです🎤(いやどういうことなん??)
内容としては、「鯨の唄」や「輝き」で書いたような二人の関係を、現代的にわかりやすく書いたのかなと思いました。
「鯨の唄」に登場する男女は「緋色の目をした男」「コバルトブルーの目をした女」と呼ばれている点が、赤星願と青星祈に対応しています。
一方「輝き」の登場人物は光男と光女。物語の背景には巨大地震の存在があります。願と祈の物語の始まりも大きな揺れからでした。
この二作はともに男女の物語ですが、本作「青い光、赤い闇」に関しては性別が明言されていません。先に「生きるに尽きる」と「びゅう」も読んでいた春Qは、この点がシンプルに嬉しかったです。特に「びゅう」を読んでそう思ったんですが、男女の関係だけが世界で唯一無二のパートナーシップじゃないですからね・・・。
◇エピソードくらはい!
公開作を一通り読み、作品に通底したテーマなどもそれなりに理解した上で白状するんですけれども・・・春Qは「青い光、赤い闇」に、どうもノリきれんかった・・・。
いえ、単純に好みとかの話もあるんです。だって春Qはnoteの公開作だと「顔」、「死んだのはあの日だったのかこの日だったのか覚えておらず」、「伴走者」あたりが好きですからね。ちなみにイチバン読んでて怖かったのは「輪郭」で、この深淵はもっと多くの人に覗いてほしいと思う。
つまり、赤木作品だと一人の人間がよくわからない状況に追いつめられてとことん考えまくる話が好きなわけです。
他方、春Qには関係性萌えもあります。で、その関係性は友情でも恋愛でもいいんですけど、二人の距離が近づく具体的なエピソードが欲しい。とても欲しい。ベタベタなイメージですけど祈と願には水族館でお揃いのイルカのストラップとか買って欲しい🐬🐬
でもそんなシーンがないのは当たり前なんです。「青い光、赤い闇」がそんじょそこらの恋愛小説や青春小説でないのはハッキリしている。
・・・ただ、要所のSF要素やキャラクター設定には、なんとなーく従来の赤木作品にはなかったエンタメを感じるんだよな。手紙のあたりとか夏の長編アニメ映画っぽかった。
うむ可愛い。そのうえ話もわかりやすいので・・・なんかいざ感想を書くとなると引っかかりがなくて難しいんですよね。
しかし春Qが言及すべき点は一個ある。2024年の公開作品がとても多いということだ。そして、ここ最近で作風に大きな変化が生じている。
まず、死の恐怖についてはもともとテーマとして取り扱われていました。その際、うっかり死にそうになるけどギャグっぽく生き延びる展開が目立っていたのですよ。「鯨の唄」「草の力」とか・・・。去年までは終わり方もハッキリ「生きるしかねえだろ」と言い切っていたりしました。(「雨上がりのデスロード」ラストシーン)
それが「生きるに尽きる」の後くらいから希死念慮の強いキャラクターが登場するようになり、内容もわりとシビアというか、ハッピーエンドなのかどうかわからない終わり方をするようになった。
そんな中で書かれたのが「青い光、赤い闇」です。春Qはホッとしましたよ。・・・バカを露呈するようですがね、こういうあったかい終わり方をする話を読むと、作者は健康で息災なんだと思っちゃうんです。いや実際どうかなんてわからないんだけれども。
春Q的には「文芸くらはい」に三度も参加してくれたんだから、これからもずっと元気に書き続けてほしいってきもち!!
一作ごとに進化していく赤木青緑さんから、今後も目をはなせませんっ✨
次回の更新は10/11の予定です。
見出し画像デザイン:MEME