八月三一日と夏の終わり
八月が終わる。
ジョックロックはその魔力を発揮することなく甲子園を去り、その間僕はゲリラ豪雨で濡れた靴下を洗濯しながらため息をついたり、昔付き合っていた恋人が教えてくれた恋愛小説を読んだりしていた気がする。そういえば恋人と別れるのはいつも夏だ。夏は、別れの季節だった。
そんな風に八月は音も立てずに僕の後ろを通り過ぎた。まるでお盆に帰ってくる黄泉の国の幽霊たちみたいにこっそりやってきて、こっそりいなくなっていた。
甲子園の実況が遠くに聞こえる部屋で僕はまた昼からビールを開け、朦朧とした意識の中で実家から届く宅配便を開け、夜になるとようやく億劫な腰を上げて街へ出た。街には実にたくさんの人がいて、そのそれぞれにこれまでの僕の人生以上の世界が広がっていると思うとその無限に僕は辟易した。
「早く彼女、つくりなよ」
酒場で出会った女にろくなのはいない。
僕が不安定な十代の終わりにいた時のことだ。その頃の僕にはそんなことはよくわからなくて、酒場で出会った女が世界の全てみたいに感じていた。その女は僕が帰ろうとするといつも引き止めて一緒にダーツを投げようと言った。彼女はマトにあたりもしないのに、いつもそうやってダーツをしては笑って朝まで飲んだ。
朝、彼女は帰り際に僕の部屋にやってきて言ったのだ。
「早く彼女、つくりなさい」
大人と遊んだって、いいことないわよ。酒場の女にろくなのはいないの。
彼女はジャスミン茶のペットボトルを振りながらベランダでタバコを吸ってそういう風に言った。僕も吸った。
それともう一つだけ、君はもっと魅力的になれるし、八月が終わるだけで夏が終わるわけじゃないよ。
目を覚ました時彼女はもうすでに家を出た後で、九月が始まっていた。
夏の続きだった。