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火星人と花の色

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暗色の中に隠れた不思議な美女との邂逅と会話を通して「僕」の過去が変容していく。 まるで深海での出来事のように、まるで火星での出来事のように、世界を遠くに感じる。
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#踏切

火星人と花の色【10】

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 そうして僕は浴室で顔を洗って、歯を磨いた。それから髪を直して、彼女の部屋を出た。踏切で遮断機が降りる音が、聞こえた。もう二度と、彼女の部屋に行くことも、彼女と出会うこともないだろうと考えていた。途中、鳩が僕の足元にやってきたから、僕は小声で話しかけてみた。君は何を考えているの? 鳩は少し首を傾げてから、向こうへ行ってしまった。
 彼女は僕が部屋を出る瞬間、おやすみ、と言った。いや、それを

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火星人と花の色【1・2】

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 とん、とん、と音を立てて遮断機が降りる。日々、科学の進歩する世界に取り残されて、踏切だけはいつも死のかおりを漂わせている。
 電車が去って、遮断機を渡ると、百合の香気がたって、小さな公園でフリーマーケットが開かれているのが見えた。開催を伝える看板が公園の入り口に立てられている。薄汚れた白テントがそこかしこに張られ、各々がそれぞれ好みのものを売っている。

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