『愛はときどきクルってる』 第3話
【本文】
◯オブラディビルヂング・教室
講師のジュードが元気よく話している。
ジュード「カツノリ式復縁術3!におわせ投稿!」
必死にメモを取る次郎。
ジュード「異性と遊んでる写真なんかを投稿しちゃうんです。相手の心をちょっとでもザワつかせたらこっちの勝ち!」
思い出したようにハッとする次郎。
奏のSNSの投稿を見る。
ジュード「でもこれ、本当に興味なくなったときにも使えるから、そっちに思われないように注意しなくちゃですよ!」
落胆してため息をつく次郎。
◯英利大学・中ホール
翌日。
誰もいないホールの壇上で一人プレゼンの練習をする次郎。
次郎「えー、ハクトウワシは、この人と決めたら一生涯連れ添う珍しい……」
次郎、練習を止める。
奏を思い出し、ため息をつく。
◯式典会場・大ホール
ショーのリハーサルをする奏。
和太鼓の演奏とともに、書く素振りをしている。
右手首には包帯。
◯鈴木家・外観(朝)
鳥が元気に鳴いている。
◯同・次郎の部屋(朝)
次郎、ハッとして起き上がり時計を見る。
次郎「やっば!」
急いで身支度をし、部屋をでる。
◯大通り(朝)
タクシーを拾おうと手をあげる次郎。
次郎の前でタクシーが止まる。
急いで乗り込む。
◯タクシー・車内(朝)
運転席には進の姿。
進「お、久しぶりじゃねえか!」
間が悪そうな顔の次郎。
次郎「すみません、急いでるんです!学会の発表があって。ホテルサブマリンまでお願いします!」
進「仕方ねえなあ。はいよ」
発車するタクシー。
進、次郎に話しかける。
進「おい、鳥や……じ、次郎くんよお」
次郎「……なんですか?」
進「奏とはうまくやってんのかよ」
次郎「それが……別れようって」
進「だろうよ。最近あいつ潰れるまで飲むんだよ」
次郎「え……」
進「俺が結婚しやすいようにって、自分を犠 牲にしやがってんだよ」
次郎「あ……それで……」
進「潰れながらあんたの本持ってるよ」
次郎「じゃあ、男の人と朝まで飲んだっていうのは……」
進「詳しく知らねえけど、毎晩うちにいるよ」
次郎「そんな……」
車線変更をしてスピードをあげるタクシー。
次郎「でも、あんた……す、進さんこそ、気遣いすぎじゃないですか!」
進「なんでだよ」
次郎「僕らが結婚するまで結婚しないって」
進「そりゃ、奏は一般人じゃねえからよ。なんか言われたりするかもじゃねえか」
次郎「そんなことより、進さんに結婚してほしいんですよ!奏さんは!」
進「……」
次郎「奏さんと、母を想うなら、結婚してください!」
進「……まあ、考えとくよ」
◯式典会場・楽屋
準備を進める奏。
右手首を気にしながら衣装を取り出す。
◯タクシー・車内
次郎が進に尋ねる。
次郎「そういえばショーは順調なんですか?今日ですよね?」
進「それがよ、右手首怪我しちゃって、どうなるんだか」
次郎「え!」
進「酔っぱらいすぎて転んだんだよ!外には内緒だけどよ」
次郎「それで、書けるんですか?」
進「どうだろうな。やめとけって医者も言ってるよ。でも聞かねえんだよ。ビッグチャンスなんだと」
次郎「今日の何時からですか?」
進「12時からだよ」
次郎、腕時計をみる。
時計は11時40分を指している。
◯式典会場・大ホール
リハーサルを行う奏。
壇上にスポットライトがあたる。
演奏とともに流れを確認する。
◯タクシー・車内
高速道路を走るタクシー。
進が次郎に尋ねる。
進「呼ばれたりしてねえのか?」
次郎「ええ……」
進「(笑って)まあ別れ話してんだもんな」
次郎「どっちみち僕も大事な学会があるんで」
進「また鳥の恋愛話か!」
次郎「いいじゃないですか!あと鳥じゃなくてハクトウワシです!」
進「そんな大事なやつなのか?学会って」
次郎「今後の研究者生命にも関わってくるようなやつなんです」
進「ふーん、そうかい」
次郎「なんですか?」
進「まあ、鳥の恋愛学ぶのも人生だが、自分の恋愛実らすのも人生だろうよ」
次郎「……」
◯ホテルサブマリン・入り口
次郎を乗せたタクシーが停車する。
進「着いたぜ」
お金をだす次郎。
進「いいよ、金は」
次郎「え……」
進「この前は悪かったな」
次郎「……いや僕もついカッとなって、すみませんでした……」
進「まあお互い様だな!」
次郎「ありがとうございました!」
次郎、タクシーを降りて、足早に会場へ向かう。
進、タクシーを降りて一服する。
◯同・ロビー
走る次郎。
ふと立ち止まり考える。
腕時計を見る。
急いで、今通った道を引き返す。
全力疾走で入り口へ戻る。
◯同・入り口
走って外へ出る次郎。
息を切らしながら、ホテルマンに声をかける。
次郎「タクシー、お願いします!」
すると数メートル先にあるタクシーのクラクションがなる。
タクシーの窓から進が顔を出して言う。
進「早く乗りな!」
走って乗り込む次郎。
進「飛ばすぜ!」
◯タクシー・車内
他の車を追い越していく。
助手席から紙袋を取り、次郎に渡す。
中には、袴とショーの入場チケット。
進「こんなこともあろうかと、持ってきといたぜ!」
次郎「あ、ありがとうございます!」
進「これで、それっぽくなるだろう!」
他の車をどんどん追い越すタクシー。
次郎が進に尋ねる。
次郎「奏さんって、なんで書道家になったんですか?」
進「母さんのことが大きいだろうな」
次郎「お母さんも書道家だったんですよね?」
進「ああ。京子が教えてたんだ。でもスパルタで。普段は優しい母親も、書道家の顔を魅せた途端罵倒しまくってよ……」
次郎「子どもなのに……」
進「京子を超えないことには前に進めないんだと」
次郎「……」
進「でも俺はあいつに救われたんだ。俺も運転手やる前は母さんのマネージャーとして一緒に、夢を追っかけてたんだ。でもいなくなったからよ。一時期、飲んだくれになってた。そしたらあいつが書道やるって言うから。見ないわけにはいかねえからよ」
煙草に火を付ける進。
進「だから今、あいつが飲んだくれてんのが見てて辛いんだよ」
次郎「……」
◯式典会場・楽屋
椅子に座り、鏡に映る自分を見つめる奏。
◯同・大ホール
大勢のドレスアップした人たちで賑わっている。
照明が暗転し壇上だけが照らされる。
司会者の声『みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます!』
◯タクシー・車内
渋滞で停まっている。
進「ちくしょう!渋滞にはまっちまった」
次郎、時計を見る。
時計の針は、12時ちょうどを指している。
次郎「ああ、くそっ」
◯式典会場・大ホール
司会者の声『まもなく、本日のメインアクト、レノン奏による書道パフォーマンスを行います!』
会場内、拍手が起こる。
◯タクシー・車内
進まない車。
クラクションを鳴らす進。
焦る次郎。
◯式典会場・楽屋外
奏、スタッフとともに舞台裏へ向かう。
◯タクシー・車内
裏道をすり抜ける車。
進「よし、そろそろ着くぜ」
次郎「はい……!」
◯式典会場・舞台袖
スタンバイする奏。
◯同・表
次郎を乗せたタクシーが停車する。
袴姿の次郎が降りる。
走って会場へ向かう。
◯同・大ホール
和太鼓の演奏がはじまる。
司会者の声『それでは登場していただきましょう!書道パフォーマー・レノン奏!』
◯同・壇上
壇上に立つ奏。一礼する。
スポットライトを浴びている。
◯同・裏口
関係者通路に急いで入っていく次郎。
スタッフの制止を振り払う。
次郎、叫ぶ。
次郎「奏!」
◯同・壇上
床一面に広がる、横10メートルほどの巨大な白い紙。
奏、バケツの墨汁に筆を入れる。
両手で勢いよく紙に筆をつける。
奏「うっ!」
右手を押さえ、筆を落としてしまう奏。
ざわつく場内。
次郎、走って壇上に入る。
呼吸が乱れている。
奏での筆を持つ次郎。
さらにざわつく場内。
次郎「奏!」
奏「え!なんで!」
次郎、息を切らしながら言う。
次郎「俺が、右手になる!」
奏「は!無茶言わないでよ!」
次郎「気合で乗り切るほうが無茶だよ!」
奏「……」
奏、痛そうに右手をおさえる。
次郎「俺の右手を、使ってみてよ!」
奏、真顔で次郎を見つめる。
奏「……私の指示で動ける?」
うなずく次郎。
次郎、奏と一緒に両手で筆を持つ。
奏の手の上に、そっと次郎の手がのる。
手を払おうとする奏。
次郎「大丈夫」
深呼吸する奏。
場内にどよめき。
観客たちも息を呑む。
二人でバケツの墨汁に筆を入れる。
奏「いくよ」
次郎「うん」
白い紙に勢いよく筆をいれていく。
奏「大きく右に!」
二人で力強く書いていく。
奏「止め!右にスーッと!」
息のあった二人。
スラスラとしなやかに書き上げていく。
奏「うっ!」
痛みで顔を歪める奏。
奏「グッと下に!ここでハネる!」
大きく円を描く。
回転する奏と次郎。
ススっとときに小走り。
二人の額には汗が流れている。
奏「円を描くように!強く!早く!」
踊るように回転しながら書いていく。
◯同・大ホール入り口
進と和枝がそっと中へ入る。
壇上では奏と次郎がパフォーマンスを行っている。
和枝「ほらこっちこっち!見て見て!」
進「おお!やってんなあ!」
和枝「息ピッタリじゃない!素敵だわあ!」
進と和枝、手をつないで奏と次郎を見ている。
◯同・壇上
息のあった二人。
大きく円を描き、回転する奏と次郎。
最後の一文字を書き上げ、筆を置く。
満面の笑みの二人。
頬につたう汗を拭う。
和太鼓の演奏が止まる。
書き上げた文字が立てかけられ、モニターにも映し出される。
場内から大きな拍手。
紙には『愛こそはすべて。』と書かれている。
大きな歓声とともに、笑みを浮かべ一礼する奏と次郎。
二人の手は、つながれている。
了