とりあえず話した将来の夢が現実になってた事に今更気づいた話。
漫画家になりたい。
中学生の頃、人とのコミュニケーションが苦手で漫画が心の安定剤。当時の私は1日のほとんど空想の世界にいた。
授業中、休み時間、じーーっとボーッと斜め前の席の椅子の脚を見つめたまま。頭の中に入り込んで魔法でモンスターを退治してたり、はたまた少女漫画のキュン!とするシーンを思い描いたり。
確実に根暗、何考えてるか分からないと言われるような女子中学生。成績も悪かったので自然と望むのはお話を作って絵を描く仕事、マンガ家だった。
でもマンガ家と歌手を夢見るのは親を悲しませる事だと当時の私は決めつけていて悪い事をしているような感覚。誰にも本心を言えなかった。
そろそろ進路を決めなければならない時期になった。
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マンガ家…とは言えそうにないなぁ…。そう言えば父ちゃんがこれからはITの時代とか言ってたな?母ちゃんが自分の特技を活かせる仕事に着くのが良いよって言ってたな…そうなると絵を描くことだけど………そもそもITってなんだ?パソコン使えたらいいのか?
あ、そうだパソコンでお絵描きする仕事したいって事にしよう。
薄っぺら女子中学生の出した答えがそれだ。
両親に伝えると「うーん。まぁ…お前の好きなようにな」と言われた。今思うと、もしかするとマンガ家と言っても私の希望を尊重してくれてたのかな?両親の考えがどうだったかは分からなかったけど、1度も将来について口出しされることは無かった。
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「そんな仕事…あるかな?難しいよ汗」
パソコン教室の先生や担任の反応は冷ややかだった。でもさお絵かき掲示板で投稿すると沢山コメント来るし何より楽しいし良いと思うんだよな。という具合にポジティブ能天気。
私のとりあえず出した夢はブレることなく高校生になった。そんな将来の夢を持ったくせに私は何故か進学したのは商業科。成績が悪すぎて…選べる高校が無かったのだ。
ただ、そこで商業デザインというものに出会う。お客さんに商品の魅力を伝えるためのデザイン。とっても楽しかった。
いつしか
「マンガ家」の夢は
「パソコンでお絵描きする仕事」
という顔色伺いの希望にかわり
「パソコンでポスター作る」
に変化した。
大学へ進学する学力もなかった為、願書を出すだけで通るCGデザインの専門学校に進学した。
そこで私のやりたい仕事は「グラフィックデザイナー」って名前があることを知った。そこからの授業は楽しくて楽しくて。同じ志向の人達が集まるので、やっと私に友人ができた。
そのままデザインに携わる仕事を転々とし最後にお勤めしたのがとある町工場。アパレル関係の企画デザインとして就職したのだが、主にデザインするのは洋服につける付属パーツ。ボタンなどのデザインだった。
今までデザインだけで完結していた私の仕事だったけれど、何の素材を使って、どの機械を使いどんな加工をして完成させ、どの時期に売り出すのがベストなのかを考える。平面ではないデザイン…“ものづくり”の魅力にどっぷりハマったのだ。
お勤めして5年目くらいになると、制約やしがらみで作りたいものが表現出来ないという葛藤が生まれた。どんどん自分で1から作っていきたい気持ちが湧いてきた頃に結婚が決まり良いタイミングと退職。今に至る。
自分で決めて自分で作って…思い通り。仕事が苦ではない感覚は初めて。24時間やってたい。そんな生活を続けて6年目。ふとした表紙に根暗中学時代を思い出した。
「パソコン使ってお絵描きしたい」
おや、実現してるじゃないか。
意図せぬ有言実行。
色んな仕事の出会いを経てパソコンでお絵描きする仕事をしてる。マンガ家にはならなかったけど今好きなことを仕事にしている幸せを掴めたのは薄っぺらい頭で周囲の空気を読みながら取り敢えずで決めた将来の夢のお陰だ。
ありがとう根暗女子。
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熱い情熱も何も無い私の人生の1部とりあえずそこら辺のマッチで灯した小さな火がなんとなーく燃え続け、ものづくりに出会って大きく激しく燃えだした。
今が“何となく”だとしても何年か先に思わぬ燃料剤となり燃え上がる事もあるんだね。どんな経験も無駄な事は何も無い。と聞くけど“確かにそうかも?”と思ったのでした。