オキナワンロックドリフターvol.103
タフ&ココナッツに戻り、眠りについたものの、その日はやけに寒くてなかなか寝付けず、しかもとなりのドミトリールームは学生が宿泊していて、彼女らのお喋りが騒がしくて一睡もできなかった。
3月21日、早朝。 結局、寝付けなかったので、朝早く、お土産の残りをキッチンの皿に入れ、タフさんに書き置きしてタフ&ココナッツを去った。
前日に1度道に迷ったからなのか、すんなりと迷わずに安慶田までたどり着けた。
バスに乗り、しばらくバスの中で微睡んでいたらコザに着いた。
私は眠さから、コザクラ荘に着くとすぐにパジャマ代わりのゆったりした服に着替え、スタッフの野口さんに掃除するから起きてと起こされるまで惰眠を貪った。
目覚めた後、異常にお腹がすいた。正男さんから頂いたチョコレートを全て口に入れてもまだ足りなかった。
何故か、今回の旅行は、15日の出来事を引きずり、それを忘れようとしたいのか異様に食欲が出て、食べ物を放り込むように食べてしまい、そのせいかまたむくむく太り、ジーンズがきつくなってしまった。
けれどお腹がすいた。 ひとまず、ゲート通りのパン屋、Zazooでパンを買い、それを食べることにした。
店に入ると、バゲットの小麦の香りが鼻をくすぐり、視界には色とりどりのデニッシュがアクセサリーのように並んでいた。
私は小さな店内を一周し、あれこれとパンを買い込んだ。異様なくらいにパンを買っていた。
さて、明日の朝まで小分けして食べようと思った矢先に私はある人と通りすぎた。かっちゃんこと、川満勝弘氏である。
黄色いくたびれたポロシャツに破れだらけのジーンズ。酒でカロリーをとっているのだろう。痩せた体。かっちゃんの姿は痛々しかった。
「かっちゃん!」
私はパンの入った紙袋を抱えながらかっちゃんに声をかけた。
かっちゃんは緩慢とした動作で私の前に歩み寄られた。
「ん?どうしたねー」
かっちゃんはだんだん痩せてきている。そして、近づくとやはりステージでハブ酒を飲んだのだろう。微かに酒の匂いがした。
私は衝動的にパンの袋をかっちゃんに渡した。
果物のデニッシュやおかずパンみたいなパンもあるから多少は栄養があるはず。少なくとも酒よりは栄養はあるはずだ。
私はそう言い聞かせながら続けた。
「かっちゃん。これからもロックし続けるあなたに差し入れ」
すると、かっちゃんは目を丸くし、私にパンの袋を返した。
「ん?でも、これはあなたのでしょ?いいよ、僕は酒でカロリーとってるから」
だから、それがダメなんだってば!
私は袋をかっちゃんに押し付けるように強く手渡した。
「食べてください。かっちゃん、言いましたよね。死ぬまでロックするんだって。だから、しっかり食べてロックし続けてください」
私の睨むような眼力になにかを感じたのかもしれない。かっちゃんは袋を受けとると私の頭を撫でた。
「ありがとう。あんたは優しい子だね」
やたら強く目を細めるかっちゃんに違和感を覚えた。かっちゃんの体は思っている以上にアルコールに蝕まれているのかもしれない。私はそう思った。
悲しくなった。人づてに聞いた、まるでリストカットだらけの腕を見た時と同じ気持ちになるここ数年のかっちゃんのステージの様子、明らかに痩せた体。
ロックしてくれというのはかっちゃんを追い詰める言葉ではないのかと私は悔やんだ。
遠ざかるかっちゃんを見送りながら、私はかっちゃんがきちんとパンを食べてくれることを願うしかなかった。
かっちゃんにパンを渡したので私は昼食をどこかで食べることにした。
パルミラ通りを歩いていたら、お好み焼きのいい匂いがした。「お好みゴヤ」というお好み焼き屋さんである。
簡素な内装の店で、岸部一徳さんと菅原大吉さんを足して2で割ったような風貌のマスターが黙々とお好み焼きを焼いていた。
焼けてから数分して、花さんが陣頭指揮をとっているイベント“アノコザ”のスタッフさんだろうか、黄緑色のTシャツを着た男性が出来立てのお好み焼きを受け取られた。
見る限り、お好み焼きは広島のお好み焼きのようだ。私はカープソースという聞いたことのないソースののぼりが気になり、お好み焼きを食べることにした。
「いらっしゃい!」
すぐさま肉玉のダブルを注文した。
マスターは素早い手つきでお好み焼きを焼く、あまり油を使わず、キャベツの水分とわずかな油で手早くお好み焼きを焼いていく、蒸らされた焼きそば麺の微かなかん水の匂いとキャベツの甘い匂いが漂ってくると食欲は限界突破すれすれだ。
さらにカリカリに焼かれた豚肉を載せ、薄く焼かれた生地にくるまれ、スパイシーな香りのするカープソースをどっぷりつけたら完成だ。
ボリュームのあるお好み焼きを私は一気に食べ始めた。オタフクソースのフルーティーな甘口ソースに馴染んだ舌には新鮮なカープソースのスパイシーさとあと引くフルーティーさ、麺のちょうどいい柔らかさ、カリカリに焼かれた豚肉の香ばしさと、関西お好み焼きとまた違う味わいに私は夢中になった。
「あっれー?あなた、まだコザにいたのね!」
お好み焼きを頬張る私の背後に酒焼けしたハスキーボイスが聞こえた。花さんだ。花さんはピチカートファイブ時代の野宮真樹が着るような60年代風のワンピースを着ていた。
戸惑う私に花さんもお好み焼きをオーダーした。
「まいきーが美味しそうに食べているから花ちゃんも食べるー!持ち帰りでお願い!」
え。困ったな。というか、あなたなんで私のハンドルネームを知ってるの!
狼狽える私に花さんは平然と返した。
「コザクラのマサコさんから聞いたよ。あなた、かなり熱心に沖縄ロックの応援してる人だってね。だからミュージックタウンの写真展をあんなに熱心に見てたんだね」
う。そりゃないよ、マサコさん。どうしてこの人に教えるかなあと肩を落としていると、花さんは私の気持ちを知ってか知らずか続けた。
「あなた。沖縄のロックで何か資料は持ってない?」
有無を言わさぬその問いに気圧されて私は「オリジナル紫メンバー全員のサインする入った紫ファーストアルバムなら」とうっかり返してしまった。
その返事に花さんは目をキラキラさせた。やばい。いかでかしてサイン入りアルバムを守らないと!
「ねえ!その話を後で聞かせて!大丈夫。アルバムは見せてくれるだけでいいの!貸してくれなんて言わないから」
私の不安そうな顔を見た花さんはそう言うと、焼きあがったお好み焼きを受け取り、「じゃあ、18時くらいにオーシャンでね!」と言い残し、疾風のように去っていった。
「私が言える立場ではないですが、有り余る行動力ですよね。花さん」
私が呟くと、マスターは肩をすくめると腰をとんとん叩いた。
「まあね。あのコは行動隊長だから。君は見る限り、諜報部員兼切り込み隊長だね。資料を集めながらもばさばさと周りを省みず突き進むタイプかな?」
ある意味的確な例えに私は苦笑いした。
すると、マスターはぽつんと独り言のように呟いた。
「花の行動力と統率力はすごいよ。けどあいつは敵を作りやすいからな。きちんとしたブレーンがいないと何かしでかす怖さがある」
統率力はともかく、私にも言えることだな。私はすっかり冷めたお好み焼きの中の焼きそばを啜った。油を少なくしているからか、冷めても美味しかった。
数年後、マスターの心配どおりになり、花さんは数々のトラブルを起こし、数々の醜聞にまみれながらコザから姿を消したのだがそれはしばらく後の話とさせていただく。
私はお好み焼きを食べ終え、代金を支払うと再びコザクラ荘で眠りについた。疲れが溜まっていたのと、久しぶりに食べ物の味が感じられるものを食べられた安心からなのかこてんと眠りについた。
目が覚めたのは夕方だった。
携帯を見ると、メールがきていた。なんと、mixiにて親切にしていただいている水越さんからだ。明日から来コザするという。しかし、明日はひがよしひろさん主宰のライブが北谷に移転したライブハウスモッズにてあり、それにムオリさん、チーコさんが出演するというので明日はムリだ。
私は、明後日の夜であり、私の沖縄滞在最後の夜にオーシャンでタコスを食べるのはどうかと尋ねた。水越さんはオーシャンのタコスが好きなのを覚えていたからだ。こうして、3月23日に私と水越さんはサシオフをすることになった。
私は花さんとの約束の前にとさっとシャワーを浴びて着替え、オーシャンに向かった。オーシャンのカウンターヤッシーさんと、どことなく博多人形を思わせる風貌の女性がいた。常連客の方が私に気付くと耳打ちした。
「ヤッシーのとぅじ」
え。奥さんなのか。初めて見たなあと思いながら私はナミキさんと呼ばれるその女性に挨拶をした。
私はひとまずタコライスとタコスを注文。ヤッシーさんは増量した私の体型を見て、「おまえ。食いすぎ」とツッコミ入れたが「美味しいものが食べたいからだよ!」と言い返すと、ぶっきらぼうに「わかった」と返し、厨房へ向かわれた。
私は、花さんとの約束なのでと鞄の中にしのばせた紫のファーストアルバムを取り出した。
「あら!何それ」
ナミキさんが食いついてきた。私はいきさつを話した。
「へー。6人それぞれの個性がわかるサインね。あ、正男さんのサインかわいい。Masaoってシンプル過ぎる!」とナミキさんはケタケタと笑った。
すると、ヤッシーさんは出来上がったタコスとタコライスを運びながら憮然とした顔をされた。どうやら、ヤッシーさんは紫はあまりお好きでないようでさらにそう付け加えた。
「お前、フラーだな」
私は返事の代わりにタコスにかじりついた。タコスの皮はヤッシーさんが作ったとは思えないくらい繊細で、噛ると口の中でほろりととけた。
花さんは18時から少し遅れてやってきた。
そして、私がかざしたファーストアルバムを見て、目を爛々と輝かせた。
「惜しいねー。アノコザ開催中に見せてもらえばこのサインを展示の目玉にしてたのに」
私は身を固くした。やめてくれ!そんなことをしたらこの人はあちこちに見せびらかした挙げ句紛失しかねない。
必死の思いでサインにしがみつく私に花さんは大笑いした。
「警戒してるねー。じゃあ、サインの代わりに、6人それぞれに会った時の話をしてよ」
私はサインを奪われるよりはいいと思い、2003年に初めてチビさんに会った時から2008年にプラザハウスにて城間兄弟と下地さんに会った話をした。
有り体になおかつ端的に話をしただけだが、花さんはまるで珍しい話を聞く子どものような顔をして聞き入り、対照的にカウンターのナミキさんとヤッシーさんとはあきれ果てた顔をしていた。
「すごいね……」
ぽつんと呟くナミキさんと、まるで病人を見るような目付きで私を見たヤッシーさんの顔は今でも覚えている。
花さんは私の話に聞き入った後、すっくと立ち上がった。
「そうだ!あなた、わうけいさおって知ってる?」
知ってるも何も那覇空港で買った「なんだこりゃ~沖縄!」というサブカルチャー本の著者の方だ。一度、mixiにてわうけさんの日記を拝見したことがある。しかし、わうけさんは確かあることを境にアイランドと城間兄弟を嫌っているはず。城間兄弟贔屓の私がわうけさんと関わることはないだろう。
「はい。わうけさんの本を買ったことがあります」
花さんはそれを聞いてにっと笑うと続けられた。
「じゃあ、23日の20時はあいてる?FMコザでわうけさんがラジオやってるわけ。あなたに出て欲しいなー!」
え、え、えええ?それってまさに呉越同舟なシチュエーションでは?というより、一触即発状態になり、わうけさんと険悪にならないか不安になった。
俯く私に花さんは言った。
「大丈夫!心配なら私がラジオの最初らへんまではいてサポートするから」
余計に不安だ。
しかし、花さんは「じゃあ、23日はよろしくね!」と勝手に決めてオーシャンを去っていった。
コミュニティFMとはいえ、初めてのラジオ番組出演。しかも、相手は一度はサブカルチャー繋がりとしてお話はしたいものの、城間兄弟を快く思われていない方だ。私は顔面蒼白になった。
青ざめる私にヤッシーさんはぶっきらぼうに言い放った。
「大丈夫、誰も聞かない」
全然フォローにもなっていなかった。
私はヤッシーさんにタコスとタコライスの代金を支払うと、ふらふらとオーシャンを去り、ミュージックタウン音広場にて行われているライブへと足を運ぶことにした。
多少は気分転換になる。そう思ったからだ。
(オキナワンロックドリフターvol.104へ続く……)
(文責・コサイミキ)