『十九の春』
続いて、中川陽介さんの長編小説「十九の春」を読み耽る。
美しくも心を病んだアート作家、大城由紀恵との悲しき別離の後、私立探偵・新垣ジョージは無為の日々を過ごしていた。酒に溺れ、バイト先のタコス屋を解雇され、アパートに引きこもり、また酒に溺れていくという機能不全の毎日を送っていたジョージに仕事の依頼を切り出したのは顔馴染みの刑事・宮城だ。
依頼人はブラジルに移住し、無農薬栽培のコーヒーにより財を築いた男・天願。しかし、天願はジョージの荒廃ぶりを察知し、依頼を取りやめる。
宮城から哀れみ半分で渡された車代を手に、ジョージは那覇の飲み屋で酒びたりの時間を過ごした。すると、誰かに追われている白いウィッグを着けた少女と遭遇し、ジョージはその少女を匿うはめになる。
この『十九の春』は、ふたつの事柄が交錯する。ひとつは、紆余曲折あって依頼が成立した天願の想い人の捜索、もうひとつは匿った少女・知花柚のとある歌姫への思慕。
正直、これらふたつの出来事が交錯どころかややごちゃついている感があるものの、やはりコザや那覇の情景描写は白眉である。名前は伏せられているものの、コザに行く度に寄る店のいくつかが作中に出るとついついにやけてしまうし、映画“Fire!”の劇中でも腹を空かせたアキラにファイヤーボールのメンバーが食事を奢る場所として出てくるゴヤ市場の屋台『よねさかや』がジョージの行きつけの店として書かれているのも嬉しい。
『よねさかや』の大将である、今は亡きマナブさんは草葉の陰で照れ笑いされているのではないだろうかと、笑うと目が糸のように細くなるマナブさんの顔を思い出し、寂しさが込み上げるのである。
話を本編のレビューに戻そう。天願の想い人の捜索は難航するが、それと反比例して、柚が追われている理由、そして柚が文字どおり“身を呈して”まで守ろうとした幻の歌姫の存在が明らかになる。
しかも、柚を追う側は厄介な用心棒を雇っているから始末におえない。ハーフという出自からくる差別を暴力で覆して生きている半グレ、ランディ金城である。『唐船ドーイ』でもいけすかない上に金の匂いを嗅ぎ付け、ジョージを執拗に尾行していた金城だが、『十九の春』でもその悪質さは健在、いや、さらにグレードアップしている。
中川さん、腹が立つ奴ではあるものの、 キャラクターが際立っているのでスピンオフとしてランディ金城が主人公の短編を書いて頂けませんか?と思うくらいに。
そして、手に汗握る逃走劇の後、柚が必死に守った幻の歌姫・城間麻理子が姿を現すくだりは文字を追うだけなのに体に爽やかな清風が吹き抜けていく。もし、この作品が映像化されるとしたら誰がこの歌姫を演じるのだろう。いや、考えるだけ野暮なのかもしれない。私を含む読者の心の中でそれぞれの城間麻理子が形成され、動き、唄うのだろうから。
ふたつの出来事が重なりあう終盤の数ページは、深い悲しみとその中にぽつんと灯る小さくも暖かな希望に包まれている。
と、同時に『ナヴィの恋』を観た時はあまり好きではなかった『十九の春』をもう一度しっかりと聴きたくなった。
誰が唄う『十九の春』が、知花柚、ないし城間麻理子の唄う『十九の春』に近いかなと思いながら、しばらくは理想の『十九の春』を探すことになるだろう。
そして、由紀恵との別離以来こびりついていた後悔と自責の念を浄化し、少しずつ前に進もうとするジョージに安堵する。
次は映像媒体だろうか?それとも小説だろうか?どんな形であれ、コザの片隅で暮らすカッコ悪くもお人好しな探偵・新垣ジョージにまた会えますようにと願うのである。
(文責・コサイミキ)