オキナワンロックドリフターvol.12
浅い眠りから目が覚めたのは午前7時だった。昨晩の恐怖と失意が蘇り、まだお金は十分にあるし、正規料金を払って飛行機で福岡まで行って帰ろうかなと思うくらい気が滅入っていた。
しかし、もしすっぽかしたら?
俊雄さんがずっとモスバーガーで待って、すっぽかされたと気づいたらからかわれたと落胆して、私に二度と心を開いてくれないだろう。
同時に、ゲート通りのロックバーでの出来事がフラッシュバックし、カナヲさんの振り絞るような「あいつらの綺麗な部分だけ見ておけ」という言葉が脳裏を過った。
子どもがふざけて上下させたシーソーのように、『俊雄さんに会う』と『約束をすっぽかす』という二つの選択肢が激しく揺れ動いた。
が、やはりまた心の中でもう一人の私が動揺する私を羽交い締めにしながら、「せっかくの千載一遇のチャンスを無駄にするつもりか!馬鹿!」と詰りだした。
そりゃ、そうだ。あの時、一目惚れしてずっと会いたいと願った人に会えるチャンスじゃないか。行動しなければ何も変わらない、しかし、行動すれば変わる可能性がある。
私はロッキンオンで読んだジョー・ストラマーの言葉を思い出し、会いに行く選択に舵をきった。
とは言うものの、昨晩のショックが尾をひいていたせいか、がたがた震えながらホテルに設置されていた古いパソコンで旅日記を更新したり、掲示板に書き込んでくださる常連さんたちのコメントにレスした。
さて、もうすぐ朝食の時間が終わる。私はかたつむりのようにノロノロと地下の食堂に足を進めた。
あんなことがあったのにお腹は空くもので、クーブイリチーの小鉢や甘い味噌で作られた豚汁のようなイナムドゥチを食堂のねーねーに手放しで誉めたら、ねーねーからイナムドゥチのお代わりはどうかと勧められて2杯目のご飯とともに平らげてしまった。ダメージ食らっても七つの大罪のうちの大食と怠惰と憤怒は潰えそうにないのが私なんだなと我ながら呆れてしまった。
部屋に戻ると憎らしいくらいに外は晴れており、ちりりと窓から眩しい光が射していた。
俊雄さんと会うまでまだ時間はある。私は思いきって着替えて外に出ることにした。
昨晩が嘘のようにゲート通りと中の町は静まりかえり、一番街というアーケード街に入ったものの、人影はまばらだった。 330号線沿いの路面店に古本屋があったのを思い出し、小さい頃読んでいたドラゴンクエスト4コマ漫画劇場を格安で見つけて買ったり、パルミラ通り沿いにアメリカ軍の払い下げ品があったので、どんなものがあるか見てみたら90年代に流行ったアーティストのアルバムがあったのでそれを買ったりとそれなりに観光を楽しんだ。しかし、歩くたびに昨晩聞かされた好きな人たちの悪評や地元の人たちの彼らへの罵声と恨み節が記憶から引きずり出され、うずくまって泣いてしまいそうな程心は磨耗していた。
パルミラ通りを歩いてみたものの、FMチャンプラのラジオDJの賑やかな声やプリクラやクレープに並ぶ高校生のはしゃぐ声すら遠く感じた。
そんな中、私の旅日記を読み、詳細はぼやかしながらも私の文に不穏な空気を感じ取ったサイトの常連さんかつメル友の一人から心配するメールがあった。
深紫'72というハンドルネームの、漫画家であるその方は、当時私が沖縄ロックのファンサイトと並行してやっていた特撮ものから出会った常連さんで、そのハンドルネームからDeep Purpleはかなりお好きということがわかり、いくつかデッドストックしていた紫の音源を送ったところ、感想をくださった。
私は昨晩の出来事を返信した。深紫さんはほわわんとした文体で返ししつつも、結局会いに行くんでしょ?と背中を押してくださった。
私は迷いながらも「はい。やっぱり会いたいから」と返信した。
深紫さんさまさまである。
だいぶ昨晩の衝撃は薄れ、過呼吸寸前の状態から少しましになった。だいぶあちこちうろついたし、俊雄さんに会う前に腹ごしらえだと行ったのは、サイトの常連さんで8月に紫のライブをご家族と観に行ったかたお勧めの『チャーリー多幸寿』。
パリパリしたハードシェルが好きなので、やや柔らかくてもちもちしたタコシェルと冷たすぎるサルサソースに戸惑ったものの、全体的にはなかなか美味しく、衰退していくコザで今も続く店なのに納得した。
午後13時半、私は急いでシャワーを浴びて着替え、ホテルのパソコンから掲示板のコメントに返信した。
もう一人、青森出身で、東京で映像の仕事の傍ら音楽をされているという常連さんがいて、やはり文体の乱れから何かを察したのか、「どうか悔いのない選択を。そして残りの旅が最高の旅でありますように」とコメントされていた。
そのコメントによって完全に背中は押された。いざ出陣。
午後14時半、私は死装束か!というくらい真っ白なチュニックを羽織り、モスバーガーへ向かった。
それにしても可哀想なモスバーガーの店員さん。いきなり顔面蒼白で挙動不審なずんぐりした女がかたかた震えながら入店するものだから、申し訳なくなるくらい気遣ってくださり、お水を手渡してくださった。
オレンジジュースをオーダーし、俊雄さんが来られるのをひたすら待った。
俊雄さんはどういう状態なのだろう。荒んでしまっているのだろうか。それとも?
車が駐車場に入る度についつい立ち上がり、そわそわした。飲み込む唾が固くて痛い。
時間はうんざりする程ゆっくり進み、私は祈るような思いで俊雄さんをずっと待っていた。
約束の午後15時から5分遅れで、黒い軽ワゴンが駐車場に停められた。運転席をじっと目を凝らして見ると、浅黒い肌に鋭い目付きの男性が乗っている。
……俊雄さんだ!
ドアが開かれ、ついに俊雄さんと対面を果たしたものの、俊雄さんのあまりの風貌の変化に、私は衝撃を受け、同時にそうなるに至った色々なことを推測してしまい、悲しみでへたりこみそうになった。
(オキナワンロックドリフターvol.13へ続く)
文責・コサイミキ