勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (8)
僕は夜明け前に宿屋を出た。日の出と同時に教会で朝のお勤めをし、掃除をした。
箒を動かしながらも、頭の中はミレイユとタクマインのことでいっぱいだった。
どうすればあの人たちに助かってもらえるだろう。あの人たちのために、僕には何ができるのだろうか。
タクマインの不調の原因は明らかになった。それをやり過ごすための薬を、医師が処方してくれた。あとはたぶん、時が解決してくれる。
本当ならタクマインに〈癒し〉を受けてもらいたい。
ミレイユとタクマインの心が少しでも神に向けば、不調に耐えるだけの日々にも、光が差し込んでくるだろう。
しかしミレイユは、僕の助けを受けたがってはいない。タクマインもだ。自分たちの苦しみを誰にも知られないこと、それが二人の望みなのだ。
ミレイユは、僕が玄関の扉を直すために再び訪ねていくことすら拒んだ。
あそこまできっぱり断られると、僕としては踏み込みづらい。布教のベテランの先生方は、断られても拒否されても、相手を助けたいという一念で食らいついていくそうだが。僕にはまだそこまでの勢いがない。
僕に今できるのは、祈ることだけだ。
タクマインの症状が一日でも早く収まるよう、神に願うのだ。
――でも、本当にそれだけでいいんだろうか?
何か重大なものを見落としている気がして、背中がぞわぞわする。
きちんとした服装をした、ひどく顔色の悪い中年男が教会を訪ねてきた。男は葬儀屋だと名乗った。
「使徒様。明日、埋葬式のお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
信仰がすたれた今の世でも、死者との最後の別れの際、人々は祈りの言葉を口にする。
正式な司祭のいないこの町では、葬儀屋が祈りを唱える役割を担っている。
唱えるといっても、十年以上前、司祭が町を去る際に置いていった古い書きつけを読み上げるだけだが。
「いつもは私が適当にお祈りを読み上げているんですが……明日埋葬される故人のお身内が、せっかく使徒様が町に来ているのだから、使徒様にお祈りをお願いしたいとおっしゃいまして」
葬儀屋の男は、わがままな客には困ったものだ、と言わんばかりの苦笑をちらりと浮かべた。
「ヴィーエ通りの方々ですのでね。何事につけても本格志向というか、『いくら費用がかかっても良い物を』というお考えをお持ちのようです。ですから、急なお願いで誠に恐縮なのですが……」
お引き受けします、と僕は即答していた。
司祭のいない町で、司祭の役割を代わりに果たすのも、使徒の大切な役目だ。
それに、神を知らない人々が正しい祈りに触れたいと望んでいるのだ。これに応えないわけにはいかない。
「で、お礼はいかほど……?」
と尋ねてくる葬儀屋に「お礼など要らない」と答え、僕は翌日、町の北のはずれにある共同墓地に赴いた。
この地方では珍しい、どんよりと曇った日だった。頭上には灰色の雲が立ち込め、冷たい風が吹いていた。まもなく雨になるだろう。
墓地では準備がすっかり整っていた。きれいな長方形の、深い穴が掘られ、故人の到着を待ち受けていた。
僕は穴のそばで、葬儀屋と並んで待っていた。やがて、案内役に先導された黒い馬車と、一団の黒ずくめの人々がやって来た。馬車は人が歩くのと同じ速度で進んでいるので、人々は苦もなく馬車についてくることができる。
その中に、ミレイユとタクマインの姿も見てとれた。ミレイユは遠くから僕に気づき、会釈してきた。
故人はヴィーエ通りに住んでいた人だと、葬儀屋が言っていた。ミレイユたちは故人と親しかったのだろう。
馬車が止まった。
粗末な黒い服を着た人足たちが駆け寄り、馬車から豪華な棺をかつぎ出した。
棺が穴の底に下ろされている間、喪服姿の人々は穴を遠巻きにして立ち、ぼそぼそと低い声でおしゃべりをしていた。
「やっぱり呪われてるんだ、ヴィーエ通りは」
という誰かの声が僕の耳に届いた。
「あんなに元気だった男が亡くなるなんて……」
「もうこれで六人目でしょう、若い人が亡くなるのは?」
「怖いわね。次は誰かしら」
「しっ! 縁起でもないことを言うんじゃない」
棺が穴に収まり、埋葬できる状態になった頃には、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めていた。
僕は穴の縁に立ち、心を込めて鎮魂の祈りを唱えた。
故人の魂が、神の懐に安らかに抱かれることを願って。
この、複雑な彫刻や黄金色の装飾を施された華美な棺に納められた人は、神を知らないまま亡くなったのだろう。
生きているときに神を知らなくても、今こうして、正式な祈りと共に神の御許へ旅立つことができた。これも何かの縁だろう。
きっとこの人は、来世も人間に生まれ変われたら、もっと神に近い人生を送れるのではないか。
僕の祈りの声に、遺族らしい人たちのすすり泣きが混じった。
空を覆いつくす灰色の雲も、ときおり涙を落としていた。
埋葬式が終わると、参列者は三々五々立ち去り始めた。
少し離れたところから、ミレイユが強い視線で僕をみつめていた。明らかに、何か言いたいことがありそうだった。
「何をやってるんだ。行くぞ」
タクマインの厳しい声が響いた。
ミレイユは夫に腕を引かれて歩み去っていった。
その二日後の早朝のことだった。
僕が朝のお勤めを終え、教会の掃除にかかろうとしていると、ミレイユが現れた。
驚きのあまり、僕は飛び上がってしまった。
「先日はありがとうございました。お礼を言うのが遅れてしまって申し訳ありません」
物憂げに微笑む。目の下に隈のできたその笑顔は、痛々しかった。
「あ、いえ、そんな。お礼だなんて」
僕は懸命に動揺から立ち直ろうと努めた。
「タクマインさんの具合はどうです。良くなりましたか」
「はい。お医者さんの薬のおかげで、夜はぐっすり眠れるようになりましたので、これまでみたいに夜中に苦しむことはなくなりました」
お手伝いさせてください、とミレイユは言った。
僕たちは手分けして掃除をした。
村人からの寄付で、礼拝堂に並べられている椅子の数は日に日に増えてきている。村の大工が壁と天井を修理してくれたおかげで、教会は建物としての体をなし始めている。
ミレイユは力をこめて、不揃いな椅子を磨きたてた。
ひと通り掃除が済んだ頃、ミレイユは僕に歩み寄ってきた。
「お祈りのしかたを教えていただけませんか、使徒様。わたしはこれまで神様の教えを耳にする機会がなかったものですから、お祈りを知らないのです」
まっすぐに僕を見上げて、憂いに満ちた笑みを浮かべた。
「お笑いになってくださって結構です。何も知らない、何もできない愚かな女ですわ。ただ日々の生活のことだけで頭がいっぱいの。そんな女ですけど、夫が死なないように……他のみんなも死なずに済むように、毎日ここで祈りたいと思います」
思いがけない言葉を突きつけられ、僕はよろめいた。顔面をいきなり殴られたような衝撃だった。いや――殴られたぐらいでは僕はよろめかないから、殴られた以上の衝撃、と言うのが正しい。
「死ぬって……! だって、タクマインさんに薬は効いているんじゃ……!」
「お医者さんもおっしゃってましたわ。薬は、ごまかすだけだって。夜寝られるようにするだけだって。夫の体が良くなったわけではないんです。いつもひどい顔色をしてますもの。それに……おととい使徒様のお祈りを聞いていて、思いついたんです。もしかしたら、みんな同じなんじゃないかって。ガラス工房に勤めているみんなが。今度死ぬのはわたしの夫かもしれません。あるいは、誰か他の人が」
窓から差し込む朝の光で、ミレイユの顔が聖女のように輝いて見えた。
「ヴィーエ通りで起きていることが『呪い』じゃないとしても。あそこには何かきっと、とても悪いものがあります。だから、わたしは神様にすがりたい。わたしには他に何もできませんから。もうこれ以上、悲しいことが起きてほしくないんです」
僕は彼女に真言聖句集を手渡し、これを暗唱できるまで何度も朗読するようにと勧めた。神の使徒たる者は常に冷静でいなくてはならないとわかってはいるけれど、涙が出そうなほど激しい感情を、内心でもてあましていた。
ヴィーエ通りの別名は「やもめ通り」だとロランが言っていた。住民の男は次々と死に、残っているのは未亡人ばかりだと。
一昨日の埋葬式でも、「若い男が亡くなるのはこれで六人目だ」と参列者がつぶやいていた。
確かに何かが起きている。ガラス工房の従業員ばかりが亡くなっているのだとすれば。
怪しい問題を調べるのは使徒の仕事ではない。それは駐屯所がなすべきことだ。
しかし僕は、ゴーダムの一件以来、駐屯兵を信頼する気持ちが薄らいでいた。
ヨハヌカン先輩なら「神に祈れ。もたれろ」と言うだろう。祈るのが聖職者の本分だと。
神が誰か人間を救おうとなさるなら、神はそのために必要な道具を手配して救済を行う。僕らはただ、救済がなされるよう、神に願うだけだ。
でも、僕は、感じずにはいられないのだ。
もしかするとこの場合、僕こそが、タクマインたちを救うための神の道具なのではないかと。
「僕が直接タクマインさんとお話ししてもかまいませんか」
と、思いきって尋ねてみた。
これまでのミレイユの態度からすると、断られる可能性が高い。僕は拒絶を覚悟していた。
けれどもミレイユは物憂げな笑みを浮かべ、
「大丈夫です。どうか使徒様からも夫に話してやってください。神様にすがるようにと」
と、あっさり受け入れてくれた。
良い兆しだ。やはり僕のやろうとしていることは、神の目にかなった行為なのだ。
僕はミレイユを教会に残し、勇み立ってヴィーエ通りをめざした。
タクマインに会えたら、話したいことが山ほどあった。
タクマインの体を治すには、ミレイユの祈りも大切だが、やはりタクマイン本人の心が神に向かなくてはならない。タクマインに癒しを受けてもらい、できれば教会にも足を運んでもらいたい。
それに――このヴィーエ通りにある「とても悪いもの」の正体も知りたい。タクマインの口から、何か手がかりを聞き出せないだろうか。
ヴィーエ通りの外れに建つ、小じんまりとした家。
玄関先で僕を出迎えたタクマインは渋い顔をしていた。僕を家の中へ招き入れようともしない。
「ふん。ミレイユが話していた坊さんってのは、あんたのことか。ずいぶん余計なことをしてくれたな」
目の前に立つタクマインは、世慣れた雰囲気を持つ四十前の男だった。こちらをまっすぐ見据える目には知性と強い意志の光が宿っている。
現実とうまく折り合いをつけている人間。言い換えると、信仰とは最も縁遠い人種、といったところだ。
その僕の印象はたちまち裏づけられた。
「どうして勝手に医者なんぞ呼んだんだ。ゼフォン博士は金がかかるので有名なんだぞ。おかげで、目の玉が飛び出るほどの治療費をふんだくられた。まったくいい迷惑だ。あんたにその分の金、請求したいぐらいだよ」
いきなり、この上なく現実的なせりふが飛んできた。僕は頭を下げるしかなかった。
「出すぎた真似をしてしまったことについては、謝ります。でも……奥さんはずいぶん心配して、悩んでおられました。何も知らされないというのも辛いものですよ。真実を知ることによって、乗り越えるための力も生まれてくると思いますが……」
僕はなんとか話の糸口をつかもうとした。けれどもタクマインはにべもなかった。
「これは俺の問題だ。俺さえ我慢していればカタがつく。我慢なら金をかけずにできるからな。ミレイユが心配してると言うが、誰も心配してくれとは頼んでない。心配してもらったからといって俺が治るわけじゃない。まったくの無駄じゃないか。そうだろう?」
僕は絶句してしまった。
この人は――ミレイユの背中のひどい傷跡を見たことがないんだろうか。どういう思いで彼女が毎晩痛みに耐えていたか、知らないんだろうか。「無駄」などという言葉がどうして出てくるのだろう。
「夫婦がお互いを思い合う気持ちは、無駄なんかじゃありませんよ。愛は何よりも崇高な感情です。奥さんは、たとえ自分の体が傷ついても、あなたの苦しみを和らげたいと懸命に努力してきたんです。その気持ちを汲み取ってあげてください」
「それが、大きなお世話だというんだ。あんたもミレイユもだ。心配の押しつけはやめろ。愛情の強制もまっぴらだ。俺がいつ、そんなものを欲しいと頼んだ? 俺は独立独歩の人間で、誰の世話にならなくても生きていける。ミレイユも、無駄な事に気をもんでいる暇があったら、料理や掃除に時間をかければいい。その方がよっぽど役に立つってもんだ」
「タクマインさん。世の中には『独立独歩の人間』なんて一人も存在しないんですよ。自分だけの力で生きていける人間なんていない。誰もがお互いに、誰かの世話になりながら生きてるんですから」
僕の言葉はタクマインの心に少しも届いていないようだった。彼は、世間に恥じる事なくまっとうに生きている人間の堂々たる自信をもって、腰に両手を当て、胸を張った。
「違うな、お坊さん。自慢じゃないが俺は生まれてこのかた、他人様の世話になったことなんぞない。他人の支えを必要とするのは愚か者や弱い人間だけだ。そう、ミレイユみたいに」
僕は思いつく限りの言葉を尽くして、タクマインの関心を信仰の話題に向けようと努力した。しかし、彼の頭の中には「神」に近いものはまったく存在していないようだった。この人は妻に感謝することさえ知らないのだ。「より偉大な存在」によって生かされていることの有難さを理解してもらうなど不可能に近い。
〈生命の欠片〉をどこで手に入れたか訊き出そうとしたが、それもうまくいかなかった。
「そんなことが、あんたと何の関係があるんだ」
タクマインの返事は、その一点張りだった。
ヴィーエ通りに住む元同僚たちの死についても、何も語ろうとはしない。タクマインは明らかに、僕との会話を早く打ち切りたくてうずうずしていた。
「言っとくが、いくら訪ねてこられても、教会に対する寄付金とかそういうものは出さないぞ。うちには無駄遣いできるような金はないんだ」
そう言い残して、タクマインは僕の鼻先で扉を閉じてしまった。
タクマインと別れてから、どこをどう歩いたのか覚えていない。僕は打ちのめされていた。
僕は免罪符を売れない。
目の前にいる人に対し、言葉で教えを説くのも上手くない。
それ以外の方法でなんとか人助けができるんじゃないか、とも思ったが――それもうまくいかない。目の前の扉は閉ざされ、八方ふさがりだ。
使徒として、僕は無能だ。「誰かを助けたい」という気持ちがあっても、何もできない。
神が人間を救うために道具を選ぶとしても、僕よりもっと使い勝手の良い道具を選ぶだろう。僕は選ばれなかった。どうやら、そういうことだ。
僕が村の中心にある教会の建物に近づくと、朽ち果てた扉の向こうから、
「われ祈る。わが内に常に存在する母なる神に。万物の内に存在する造物主たる神に。
わが神は世を救うために到来された不偏の光なり。
わが神は万物に祝福と栄光とをもたらす根源なり。
わが神は混沌を支配する秩序にして、たん……たん……たんすを破壊する永遠の変調なり。
われ唱えん……」
と真言聖句の冒頭部分を唱えているミレイユの澄んだ声と、
「たんすじゃねぇ! 『単調を打破する永遠の変調』だ。何べん同じところで間違うんだよ、おまえは。字もまともに読めねーのか? 神がたんすを破壊するわけあるか、アホ!」
という、思いっきり聞き覚えのある罵声が響いてきた。
「ロラン! そんな言い方しなくたって……!」
あわてて僕が礼拝堂内に駆け込むと、説教台の上に投げやりな姿勢で腰を下ろしたロランと、行儀よく椅子に収まっているミレイユとが、揃ってこちらを振り向いた。
驚いたことにミレイユの顔には晴れ晴れした表情が浮かんでいる。
「お帰りなさい。……どうでしたか、夫の様子は?」
明るい声で尋ねられて、僕はとっさに言葉を返せなかった。
「えーっと……あの……それはですね……」
ミレイユはそれ以上深く追及しようとはしなかった。曇りのない笑顔を浮かべて、真言聖句集の本を胸に抱きしめ、
「わたし、使徒様のおっしゃった通り、お祈りの練習をしていました。難しいんですね、お祈りって。でも楽しい」
「ええっ! 楽しいんですか、今ので……?」
僕は耳を疑った。ミレイユは笑顔のままうなずき、そろそろ帰らなくては、と立ち上がった。
「ありがとうございました、使徒様。また明日参ります」
会釈して、弾んだ足取りで礼拝堂を出て行く。僕はあっけにとられてその背中を見送った。彼女のあんな明るい様子は初めてだ。出会った日以来、悩みに打ちひしがれた彼女しか見たことがなかったから――。
「僕のいない所であの人に何をしたんだ? 『楽しいって言わなきゃぶっ殺す』と脅したのか? そうとしか考えられない……!」
僕が詰め寄ると、ロランは芝居がかったため息をつき、あきれたような声を出した。
「おまえ、本当にアホだな。よくそう言われるだろ?」
「あいにく一度も言われたことはないよ、きみ以外にはねっ」
「真言聖句は神に呼びかけ、神と語らうための言葉だ。たとえ間違いだらけでも、神の言葉を唱えていれば、心が澄んで明るくなってくるのは当然だ。信仰のない人間でも『楽しい』と感じるだろう。――おまえ使徒を名乗ってて、そんなこともわかんねぇのか。このド素人が」
いきなり正論を叩きつけられ、僕はあっけにとられた。
そりゃあそうだ。神の言葉を唱えただけ、ミレイユは神に近づいた。心が晴れるのも当然だ。
それを、よりにもよってロランに指摘されたのが悔しい。少しだけ感心してしまったのを隠すため、僕はあえて声を張り上げた。
「こんなところで何をやってるんだ。昼間は睡眠の時間じゃなかったのか?」
「使徒が教会に顔を出すのは当然だろーが。ここはてめぇの教会か? てめぇの許可がなきゃ入っちゃいけねーのか? 俺だって、神と対話したい時もある」
ロランみたいな無頼の徒が神と対話したくなるなんて、どんな時なんだろうか。
僕が言葉を返せないでいるうちに、ロランは説教台から飛び降りた。さっさと僕の横を通り抜け、開いたままの扉から礼拝堂の外へ出ていった。
僕の体がひとりでに動いた。ロランの後を追って駆けた。
戸外では日がさらに高く昇っていた。早朝と呼べる時刻は過ぎ、村人たちが日々の活動を始めていた。
「待ってくれ。どこへ行くつもりだ?」
「てめえには関係ねえ」
乾いた大地を早足で歩いていくロランは、こちらを振り返ろうともしない。
「教えてくれたっていいじゃないか。だって……きみは僕より先輩なんだろ?」
同行者だろ、と言わなかったのは、己の無力さに打ちのめされている最中だったからだ。
すると、ロランが足を止めて振り返った。視線だけで人を殺せそうな凶悪なまなざしが、僕を貫いた。
「始祖ドヴァラスは『万物は流れている』とおっしゃった。流れを読め……澱みを感じ取れ。流れがせき止められて澱む所には必ず濁りが生じる。例えば、富の不自然な蓄積のある場所、とかな」