ぐ〜せ〜の略歴について
こんにちは。
ぐ〜せ〜です。
ざっくり自己紹介しようと思います。
多分、思い出したら更新があると思います。
・4歳
田舎にピアノがあったので帰省したら遊んでたのをきっかけにピアノを習い始める。
・6〜8歳くらい?
JUDY AND MARYの曲を聴いてメロディがどこか心にひっかる感覚に心地よさを感じる。
なんとなく微かに作曲というものに憧れる。
クラシックやKYOTO、Brand New Wave Upper Groundとかのメロディが物凄く好きだった。
・10歳(小学校4年生)
ピアノに面白味を感じなくなったからか?
習うのを止める。
それからピアノを弾かなくなり、現在進行形で弾く能力を喪失する。
今、物凄く後悔している。
しかしながら、音楽の基礎的な体力が少し身についた気がする。
・12~13歳
中学校で卓球部に入る。
「サァ!」「ソォイ!」「ラッキー!」「ヨー!」などと奇声を発しながらプレイすることに快感を覚える。
・13~14歳
JUDY AND MARYのギターアレンジの凄さに気づいてギターに憧れる。
「東京事変かっこいい」となりバンドに憧れる。
何と無く高校に入ったら軽音楽部に入りたいと思う。
・15歳(高校1年生)
軽音楽部でギターを始める。
顧問の先生は昔プロのギタリストだったからか今振り返ってもためになることを教えてくださった。
ELLEGARDEN、ONE OK ROCKなどの楽曲のコピーを演奏していたような気がする。
・16歳(高校2年生)
椿屋四重奏、音速ラインなどの楽曲のコピーを演奏していたような気がする。
UNCHANやthe band apart、在日ファンク、大橋トリオ、羊毛とおはな、Bill Evans、CASIOPEAとかを聴いていた気がする。
聴いてるアーティストの傾向から自分はジャズの影響を受けているおしゃれなサウンドが好きであることに気づき始める。
顧問の先生や先輩に色んなジャンルの音楽を幅広く聴きなさいと教えがあったのでその頃からロックだけでなく、
ジャズとかフュージョンも聴き始めてたような気がする。
・17歳(高校3年生)
チバユウスケさんが関わっている作品やACIDMANなどの楽曲のコピーを演奏していたような気がする。
就職試験とかの勉強があったのでよくスタバに行って、スタバで勉強している自分はしゃれていると勘違いしていた。
大阪近辺の高校のオリジナル曲コンピの選抜があり、自分はコードまで作り顧問の先生に聴いてもらったら、
「おしゃれなコードは他の学校もやるのでダメ」とボツにされる。作曲に対して物凄く未練が残る。
今思えば、今ジャズを習ってるのもUNCHAINがカバーした丸の内サディスティックをコピーして演奏した時に、間奏にジャズ調のところがあって、
顧問の先生に「ジャズを舐めるな。10年早いわ。」とボロカスに言われてそれ以降演奏しなくなったからか?ジャズに未練が物凄く残ったからかもしれない。
そして、忘れもしない2013年9月13日の6時くらい・・・YouTubeでCymbalsのHighway Star, Speed Starを聴いて物凄い衝撃を受けた。
作曲をろくにやったことも無いのに自分がやりたいことを先にやられたような気分になった。
作曲に対する憧れが強くなる。
高校の3年間は95%男しかいなかったけど『部活動のみにおいて』本当に充実した爽やかな青春を送れたのでは無いかと思う。
・2014年度
社会人デビュー。社畜になる。
福井県内で働き始める。
特に音楽活動しない。
CymbalsのHighway Star, Speed StarのMVのシフトチェンジするシーンに憧れてマニュアルの車に乗り始める。
ROUND TABLE Feat. NinoやPizzicato Five、渋谷系と呼ばれているアーティストが
制作に携わっている歌手や声優さんの曲を聴いてたような気がする。
・2015年度
2014年度と同じ
・2016年度
2014年度と同じ
遊びでコピバンを組むなどしたが活動が中途半端で
「自分はこのままで良いのか?」と違和感を持つ。
自分の生活において九頭竜川とダムが身近になる。
・2017年度
このままダラダラ人生送っていたら後々の人生振り返った時に絶対に後悔すると思ったので、
作曲家に作編曲の基礎とミックス、マスタリングを、
ジャズギタリストにジャズの初歩と音楽理論を教わり始める。
・2018年度
某地に転勤になりLet's go to the brand new worldする。
なんとなく大人になった22の夏、近所にイオングループであるマックスバリュがあったので深夜によく行った。
何かしら音楽をやっていたのは間違いないが何をやっていたか記憶が無い・・・
・2019年度
初めて自分の作品をインターネットに公開する。
深夜の2時間DTMやツイキャスなどにも挑戦したりする。
スタバや深夜のイオンを公開したあたりから
リアルで知らない人からも感想など頂くことが出来て
少し芽が出た1年だったと思う。
・2020年度
高校の同級生はじめ、自分の周りの人がDJができる人が多いことに気づくが自分ができないことに焦りと劣等感を感じたこと、
クラブミュージックに強くなりたい、作れるようになりたいと思いプロのDJにDJを教わり始める。
「イラストも描ける作曲者は強い」と感じされられることがあったので、自分の音楽作品を公開する時に添えるイラストが描けるように
イラストを勉強しようとしている。こちらはど素人なので3日坊主になる気がしないことも無い・・・
経歴が凡人過ぎる・・・笑