エビデンスのない医療行為を受けていた子供時代
祝日の夕方、子供が一人遊びを始めたのをいいことにテレビをつけてソファにゴロンと横になりました。普段は平日夕方にあたる、この時間に流れているテレビ番組をぼーっと見ていると、小学生の時のことが急に蘇ってきました。
実は小学校5年生の時、房室ブロックという不整脈の一種の診断をされ、運動を一年くらい止められていた時期があります。きっかけは風邪をひいた時に胸がなんとなく痛くなり、その話を聞いた母親が寝ている私の脈をとって、脈が飛んでいることに気づいたことでした。近所にある心臓専門のクリニックで、ホルター心電図、心臓エコーなどの検査を受け、房室ブロックと診断されました。「激しい運動すると倒れる可能性があるので休んでください」主治医の先生にはそう言われ、一年くらい体育は見学のみ、通っていた水泳教室は辞めさせられ、少年野球も許可が出るまで休むことになりました。この時期、学校から帰ってきても外で遊べなかったので、ひたすら家で夕方のテレビを見ていたんですね。ちょうどこの頃のことを思い出したのでした。そういえば心配した母親が、悪いところと同じ臓器を食べるとその部分が良くなるらしいといって(?)、やたら食卓にハツが並んでいたような記憶があります。
その後ですが、一年くらいして先生から運動許可がおり、中学、高校、大学は普通に運動していました。特に高校で野球部に入ってからは、普通以上に激しく運動しましたが、特に倒れることもなく、いまに至っています。
さて医学部5年の時にポリクリと呼ばれる病棟実習の期間があります。そのポリクリで小児科をまわったときに小児循環器(子供の心臓専門の分野)の先生と二人になる時間があり、雑談がてら先の話をその先生にしました。すると「君の話が本当ならペースメーカー埋め込みの適応だよね」と言われたのです。房室ブロックイコールペースメーカーではないのですが、私の説明された房室ブロックの型は、たしかにペースメーカー適応なのです。これは教科書にも書かれており、医学生でも知っているレベルのことでした。続けてこうも言われました。「その診断した先生、小児循環器の専門医だった?」
その先生は心臓外科が専門で、開業するにあたって循環器専門という看板を出していたという母の話を思い出しました。ほかにも触診で脈がとんでしまうことについてですが、これは健常な方にも一過性に発生する期外収縮という不整脈に伴い、起こることがあります。また仮に房室ブロックだとしても運動制限は必要だったのか?ガイドラインを読む限りでは、治療の必要がない房室ブロックには運動制限の必要なしと書かれています。そもそも運動制限のみでよくなる不整脈ってなんなんだろうか?など疑問はたくさん出てきます。以上を踏まえると、たしかに本当に治療が必要な房室ブロックだった可能性も否定できませんが、じつは房室ブロックではなかった、もしくは治療の必要のないタイプの房室ブロックだったのではないかというのが、いまの私の意見です(後者の場合は先生の説明を私が勘違いして記憶していたことになります)。
そういえば医学部時代に心電図をつける実習があり、この時に右脚ブロックと言われたことがありました。例の房室ブロックの影響かとも思っていたのですが、その後の健診では指摘されなくなり、ここ数年は正常範囲内です。これも一過性のものだったのか、心電図のつけ間違いだったのか、未だに真相はよくわかっていません。
さて、現在は各疾患に対するガイドラインが存在し、臨床研究の結果を元にしたevidence based medicineを実践するのは医師として当然とされています。しかし私が小学生だった30年前はエビデンスのない医療が溢れていました。例えば風邪をひいたとき、薬剤師だった母は市販の風邪薬に加えて、とある抗生剤と漢方薬を私にいつもくれました。ウイルスが原因の風邪に抗生剤は効果ありませんし、子供の風邪にろくな検査もせずに、いきなり抗生剤処方はいまの時代、研修医でもしません。ちなみにこの抗生剤は「自称内科のことはわからない精神科医」の父が、勤め先の病院で処方してもらっていたのでした。まぁまだガイドラインもなく、エビデンスもあやふやな時代だったので仕方ないとは思いますが。
少し脱線しますが、母は薬に対するこだわりが人一倍、強い人でした。薬剤師であることに人一倍、誇りを持っており、少し医者を下にみているようなところがありました。ただ薬剤師としては数年しか働いておらず、私が生まれてからはずっと専業主婦でしたので、知識のアップデートなどはされていないような状態でした。それゆえ見当違いなことをすることも多々あり、また少しヒステリックなところもあったので、なかなかそれを他から指摘しづらいという一面もありました。
一例をあげると私が大学生の時、奥歯が激しく痛んだことがありました。この話を母にしたところ、肩こりからきているからと言って筋肉をやわらげる漢方薬を私にくれました。たしかに痛い歯と同じ側の肩がすごくこっていたのです。しかし一向によくならず結局、歯医者に行ったところ、斜めに生えた親知らずが手前の歯を押して、とんでもない虫歯ができていただけでした。虫歯でも肩は痛くなるのですね。親知らずを抜歯して虫歯を治療すると劇的に症状は改善しました。
また私の父は最終的に脳腫瘍で亡くなったのですが、最初に脳腫瘍と診断され、手術をした2年後に再発がわかりました。再発がわかる直前、父は「うまく歩けない、体が傾くし、足も上がらない」というようなことを言っていました。それに対して母が筋肉を柔らかくするという漢方薬を飲ませ、「筋肉がないから」と言ってうちの中を歩かさせていたようなのです。フラフラ歩く父を見ながらその異様さに言葉が出なかったのですが、あまり言うと母が怒り出すので、黙って様子を見るしかありませんでした。その後、父は出先で痙攣を起こし、それをきっかけに再発が判明するのですが、原因が分かり残念だけど少しホッとしたような記憶があります。
話を戻します。最近の医療行為はガイドラインの整備も進んでおり、どこの病院でもある程度、均一な精度の医療が受けられるようになっています。時折、医療不信を煽るような報道がありますが、お医者さんは信頼すべき存在です。特に現在、30代40代の医師はエビデンスに基づいた医療を提供する様に教えられてきた世代ですので、病気になってしまった際には自分の考えで突っ走らず、ぜひ先生の話をよく聞いて、エビデンスに基づいた治療を受けていただきたいです。一方で、勉強不足の医師や変な医師が一定数、存在するのも事実です。疑問に思ったことは主治医の先生に尋ねてもらいたいですし、それでも不安がある場合はセカンドオピニオンとして他の先生の意見を聞くのも重要です。もしそれらの質問やお願いに対して嫌な顔をするような医師は、やはり問題があると思います。
そんなことを思った休日の午後でした。
注
私は内科専門医ですが、循環器の専門医ではありません。不整脈の詳細に関する部分についてガイドラインは読みましたが、実臨床と合わない部分や正しくない部分もある可能性があります。その点だけ、ご注意ください。
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