夫婦の話
こんばんは。
明日、インスタLIVEをするにあたっての説明書といいますか。
さだまさしばりに言っておきたいことがあるということで書かせていただきます。
プライベートな話で恐縮ですが、よろしくお願い致します。
私たち夫婦はマスターが15歳
私が20歳のときに出会いました。
マスターは弟の同級生でした。
すぐにお付き合いをしたわけではありませんが それから6年後に籍を入れました。
それが
平成6年6月6日です。
その22日後に娘が誕生しました。
そうです。
私達にとって結婚という形は本当に取るに足らないどうでもいいことでした。
妊娠はしても入籍することは考えず、それでも仲良くやっていけるという自信がありました。
なのに、なぜ籍を入れたのか?
それはマスターのお母さんから
「大輔は歳下で頼りないかもしれんけど、責任を取らせてほしい。」
とお願いされたことから始まりました。
この事を私の職場の先輩に相談すると
「お母様は1つも間違ったことは言ってない。そうしなさい。」
と言われました。
そこからバタバタと臨月の身体で入籍の準備を始め、市役所に届けを出す日をどうせだったらゾロ目の日。
オーメンの日にしようと決めました。
(そこじゃないだろっ)
結婚をどうでもいいと思いながらも、この時は何故か2人とも清々しい気持ちになっていたように思います。
その後息子も生まれ、子どもを育てる環境としては入籍していた方が簡単に済むことも多く、まぁよかったかなと思いました。
どこのご夫婦も同じだと思いますが、それから数十年の間に数々の荒波を乗り越えて、現在に至ります。
子どもたちも大人になり、娘が結婚。
孫が2人できて私達夫婦はおじいちゃんとおばぁちゃんとなりました。
これからずっと2人で一緒に老い、どちらかの介護を経て絶命していくのか。。。
私はふと思いました。
マスターは私達家族がいることでたくさんのやりたいことを犠牲にしてきた一生ではなかっただろうか。。
私は現状維持が大好きな性分なのでそんなことはないが、19歳の時シド・ビシャスの墓参りのためだけにロンドンへ旅立ったマスターの視野の広さや、行動力。
本当はそんな性格なのにやりたいこともできなくなったマスターにとって結婚、家族は足かせだったのではないだろうか。
それに伴い、私の方もマスターの性格に付いていく体力が年々なくなっているのを感じていました。
『晩年はもっと穏やかに暮らしたい』
そう思う事も増えました。
そんな昨年末。
ふと来年のことを思いました。
令和6年か。。。
えっ?!令和6年っ!!!
結婚30周年ってまた6·6·6なんや!!と。
こんな偶然ある?
現在の上皇様、平成天皇が平成を30年で終わらせるというご決断をなさったからこそ、この奇跡的なアニバーサリーになったのです。
これは。。。。。
私はマスターに言いました。
「来年結婚30周年やん。しかも令和6年6月6日。また666なんよ。こんな偶然ないやろ。」
マスターはだいたいこんな時、無言で話を聞いてるのか聞いてないのかわかりません。
私は続けました。
「ねぇ、その日に離婚しよう。」
と。
マスターは2秒ほど考え
「おお。いいよ。」
と答えました。
私はそれから少しして、年が明ける前に東京の弟に連絡しました。
私達の出会いの源。
私の弟でもありマスターの同級生でもある男です。
離婚届の証人の1人になってほしいとお願いしました。
マスターの足かせを外してあげたいと。
これからどれくらい人生が残ってるか分からないけどお互いに好きなことをして生きていければ良いと考えてると。
弟は一言
「ロックやな。」と言いました。
そして年明けからカウントダウンが始まりました。
これで何が変わったかというとまず喧嘩をすることが減りました。
お互いに他人に向かって歩んでるので、気を使える様になったのです。
また、私自身はその1日1日が尊く感じられるようになりました。
こうなると家族、夫婦というカテゴリーは邪魔なもんだなと思います。
家族だから。夫だから。妻だから。
してもらって当たり前。してくれなかったらムカつく。
そんな事を思ってたんだなと気付かされたのです。
家に帰ってくるのが遅いとか嫉妬とか。。私たち夫婦はこの辺の縛りが元々あまりないので説明しにくいですが、これがあるご夫婦も夫や妻じゃなければ言い方や怒り方も軽減するのではないでしょうか。
なので、今年に入ってから事情とは裏腹にどんどん夫婦仲が良くなりました。
だって半分他人ですから、気を使えます。
「ありがとうございます。」
「お疲れ様です。」
そんな言葉が自然と出てきます。
そして、4月。
私は市役所に離婚届をもらいに行きました。
少しずつ必要事項を埋めました。
そして、それは今も居間のテーブルの上にあります。
結論から申します。
私達の離婚は保留になりました。
これには原因がいくつかあるのですが。
まずはマスターが、離婚をしたところで今の生活を飛び出すことは現在の所、考えていないということ。
今いる場所で新しいことをやっていきたいし、そのためにベース(作業場件基地)を作ってるのずっと見てるやろう?と言われました。
私はこれには驚愕でした。
離婚したら絶対に家族と離れて暮らすだろうなと思っていたので。
それを含めての承諾だったと勝手に思っていたのです。
「じゃあ、私達、何のために離婚すると?」
「知らんよ。ワイ(貴女)がしたかったとやろ?いいやん。離婚は別に全然構わんよ。」
いや、そうなんだけども。
マスターにとって結婚という形式は本当にどうでも良いこと。
近くに住もうが近くで仕事をしようが、なんなら手伝おうが離婚してもいいんじゃないの?と。
そして、別件として私の方は書類を作成しながら30年の暮らしを一掃するのはなかなかのメンタルが必要であることを知りました。
相手を恨むほど憎んでいるとか、こうしないと子どもが守れないとか、何かしらの大きな要因がなければそのエネルギーはすぐにしぼんでしまうのです。
何をやってるんだろうと。
私たち夫婦はおそらく気が合う方だと思います。
価値観も似てますし、笑いのツボも似ています。
喧嘩をするのはぶっちゃけ金銭問題のときくらいです。
だったらそこをクリアにすれば良いのかなと。
頑張ればいいんじゃないかとの結論に至りました。
そして、書類上は婚姻関係にありますが、気持ちは他人に戻りましょうと。
家族はやめませんかと。
そういう話になりました。
恋人から夫婦になり、子どもが生まれて家族になりました。
子どもが大きくなった今、まずは家族をやめましょうと。
家族をやめたからと言って最終的に恋人には戻れません。
それは過去のこと。
ですが、仲間にはなれます。
お互いをこの人以上に知り合えてる人がいますか?と問われると、おそらく2人ともこの人以上に私のことを知ってる人はいませんと答えるでしょう。
私にとっては【一番好きな他人】です。
離婚を思い留まった理由がもう1つ。
5月に入って、チエノワのじむ兄から【ぐりノワ】をやりませんかとお声掛けを頂いたり、地元のお祭りにぐりぐり出店のお誘いをいただいたりしたことです。
まぁ、離婚より楽しそうじゃん!!🎵
と思った次第です。
東京の弟にはまだ話してないので、明日のインスタLIVEで【離婚しました宣言】をやりやがるんじゃないかとちらっと思ってるんじゃないかと思います。
いや、全部忘れてるかもな。
忙しいもんな。
チラーの方が心配やもんな。
そう言えば、この件につきまして全部知ってるのはチエノワさんだけです。
色々あって説明しなくてはならない状況にあったからです。
その件のドタバタ劇は物語にすると面白そうなので追々お話致しますね。
ということで、明日のインスタLIVEは
新生✨ぐりぐり夫婦
新たなる人生の始まり編をお送り致します。
是非、ご視聴いただければと思います。
長々とすみません。
では明日。