『カオスヘッドノア(CHAOS;HEAD NOAH)』Steam版レビュー―2023年現在でも面白さは衰えない傑作ホラーノベルゲーム
Steamで発売されたノベルゲーム『カオスヘッド ノア(CHAOS;HEAD NOAH)』は、元々2009年2月にXbox 360向けに個別ルートを追加してリリースされた完全版の最新版です。実に2008年4月に発売されたオリジナル版より約14年の歳月を経て、完全版がPC向けに登場したことになります。
なお、筆者は本作が科学アドベンチャー初体験となり、あまりにも面白く心に刺さったことから、本作プレイ後に未だ移植されていない後日談である『カオスヘッド らぶチュッ☆チュッ!』もプレイしました。
今回noteにおけるレビューを投稿したのは、古いゲームの移植版であり、発売からある程度時間が経過してしまったため、メディアでのレビューが困難であるだろうという推測からです。なお、本レビューはSteamに投稿したものを大幅に追記したものです(どうにも3千字を超える長文レビューは適切でないと思えたため)。
■ 謎が謎を呼び惹きつけるホラーサスペンス
本作のストーリーは、渋谷の古ビル屋上に住むオタクで孤独な主人公の西條拓巳(以下、タク)が、『将軍』と名乗る謎の人物との接触と、渋谷で発生する連続猟奇殺人事件「ニュージェネレーションの狂気」(以下、ニュージェネ事件)の現場に遭遇したことで、自身の周辺に発生する奇妙な出来事と陰謀に対して、時に向き合い傷つきながら真実にたどり着くというもの。
主人公のタク(CV: 吉野裕行)は、ネトゲにハマるオタクという設定上00年代後半のネットミーム(いわゆる2ch語録)を時折使いながら会話を進めるために、開発当時の世相を強く意識させます。しかし、あくまでも若者が使う略語として使っているために、本筋の文章と極力浮かないように描けているのが驚異的です。また本作に搭載されているTIPS機能も、それらの言葉が死語となってしまった今でこそ上手く機能しています。
続きが読みたくなるテキストの面白さは勿論のこと、ストーリー全体においてニュージェネ事件の犯人であると嫌疑をかけられたタクが、事件の裏に潜む陰謀に恐る恐る迫りつつも、「その目だれの目」という言葉と共に心を追い込まれる描写が非常に丁寧かつ秀逸。特に第7章の展開は衝撃の一言で言い表しても良いぐらい、タクの恐怖や悔しさが直に伝わってくるようです。
加えて、本作は2周目以降はシーンの追加によって、補足として『将軍』や梨深など各キャラクターの描写が新たに加わり、多くの疑問点を解決してくれるのがとても良く出来ています(全体で9割ほど解決してくれる)。梨深編を筆頭に、七海編と優愛編、セナ編、あやせ編、梢編の6ルート+バッドエンド的なBエンドを見ることで、AAエンドが解禁。各ルートの全ての因果が収束する、AAエンド(Blue Skyエンド)はこの物語がちゃんと終えたことを示してくれます。もう少し欲を言えば、全ルートの補足シーンが加わったルートが用意されてくれればという思いも否めません。
一方で科学アドベンチャーとして「科学的」な部分は多く語られますが強く現れていません。しかしながら、「妄想が現実化する」理由を納得出来る形で説明しているのは面白く思えます。
■なぜ西條拓巳(タク)に心許してしまうのか
カオスヘッドのキャラクター造型において主人公のタクは、00年代の当時として珍しい良い印象を与えない方面でのオタクという属性が付けられています。古今オタク少年自体は珍しいものではありませんが、孤独な少年の心細さと、逃避/退避する場所として過ごして習得してきたアニメ/漫画に絡んだネットミームを多く発言させたことで、結果的に若い少年として上手く描けています。
タクは会話や心の内を語る時にネットミームを多く用いて語る他、ふとした切っ掛けで都合の良い/悪い妄想を繰り広げるなど、満たさない若者の側面が強く出ており、一般的に考えればあまり良い心象を与えません。しかし、第1章においては優愛との触れあいで心を開きそうになるところや、ニュージェネ事件とその周囲に起こる出来事に恐怖しているのを見ると、心の内は我々と変わらない事が明らかです。そのため、いつの間にか彼がオタクであることを通り越し、無力で弱い1人の人間として見られるのが良い方向に働き、結果的に物語へ集中できるようになっています。
他にも、なぜタクへの好感度が上がってしまうといえば、事件に追い詰められて心身喪失しそうな状況のなか中盤以降の梨深や梢に対して、正直な気持ちを吐露する姿が強く印象に残るから。妄想に逃げることも出来ず、正直な気持ちを語ってくれる清らさと、誰かを頼るしかない状況が心情描写と結びつき、彼の行動に対して応援したくなるからだと思えるからです。
■ノベルゲームとして飽きさせない画面演出
本作ではタクの部屋のみですが、3Dでの視線移動を活かした演出を用いており、極力テキストや立ち絵、そしてイラストに依存しない演出が秀でています。他にも時折挿入されるループアニメーションや背景のカメラ移動やクローズアップ、インターネットの記事を含めたテキスト、チャットのリアルタイムな描写などオリジナルがリリースされた時代を考慮しても、テキストだけでない飽きさせない工夫がプレイヤーの興味を引き続けています。
本作の特徴である「妄想トリガー」は、タクにとっての都合の良い妄想だけでなく、被害妄想も含め彼がどんなことを考えているのかが見えてくるシステムです。良かれ悪かれ人間ふと妄想することは避けられないのか、ある人物や状況に対して願望を想像してしまうことや、気分によってポジティブ/ネガティブ、もしくは妄想しないルートで変化する文章が面白く意外な一面を覗かせることも。そのため、「妄想」をテーマに組み込んだ作品として上手く噛み合っています。
また、このシステムは2周目になると分岐として機能し、ネガティブ/ポジティブ妄想を選び、後に問われるYES/NOの選択肢で個別ルートへと進みます。しかし、各ルートへ進む問いかけの答えは少し分かりにくく、クイックセーブが使えるとはいえ実績が解除されたアイコンで判断するしかないのが面倒です。
■総評―00年代におけるノベルゲームの分水嶺
『カオスヘッドノア』は、科学ADV1作品目として荒削りな所もあり、相対的に古さを感じさせるゲームであるものの、2023年でもその面白さは健在です。タクが追い詰められるサスペンス展開は勿論のこと、苦手な人付き合いや照れくささと向き合い他者を求める姿は強くプレイヤーの印象に刻まれます。これ以降の科学アドベンチャー作品における盛り上がりを思うと、2008年リリースの『カオスヘッド』がノベルゲームの目指す新しい方向を示した作品であると思えるのです。
また、タクのCVである吉野裕行さんの演技は必聴。イキりオタク的な調子に乗った声だけでなく、心細さや不安に溢れた声など、これまで2008年前後に担当してきたキャラと大幅に異なる別方向の演技を開拓したことから、まさにタクが吉野さんの可能性を広げたキャラクターであることがよく理解できるからです。
一方で、本作はあくまでも2008年にリリースされたゲームであるために、2023年現在においてキャラデザを筆頭に相対的に古さを感じる部分は否めません。終盤にタクがディソードを手に入れた時にスイッチが切り変わったように心が変わる様や、終盤に姿を現すゲーム的都合が強い野呂瀬の存在など当時のエンターテインメント的なお約束を、今現代だと強く感じてしまいます(野呂瀬に関してはもう少し因縁が語られて欲しかった)。
また本作のテキストは、Bエンドにおけるニュージェネ事件の追体験や、梢編において表現が幾らか修正されたバージョンです。ニュージェネ事件追体験のテキストは気分が悪くなるほどの陰湿かつ凄惨なもので(クリア後に削除された部分を確認したら気分を悪くした)、正直オリジナルの文章を二度と読みたくないほどですが、ネタばらしの要素も含んでいるために、ある程度耐えうる表現に変更したうえで実現して貰えればと思うところでした(ある程度削られたとしてもBエンドは気分が悪い。まるで映画「未来世紀ブラジル」のよう)。
それでも、完全版である『カオスヘッドノア』が約14年の歳月を経て、ようやくPC(Steam)でリリースされたことで気軽に遊びやすい環境が手に入ったことは非常に喜ばしいことです。また本作の後日談である『カオスヘッド らぶChu☆Chu』の移植も期待したいところ。少しでも興味があるのなら是非ともプレイして欲しいと言える面白さを持った作品です。
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