赤い服 #パルプアドベントカレンダー2024

 子供のころから、クリスマスってやつを楽しみにしていたんだ。
 地元のアルザスじゃ、毎年あの時期には家とか集会所の前にモミの木なんかを飾ってさ。ちょっとした飾り付けなんかもして、村中でどんちゃん騒ぐのさ。
 この日は、いつも不機嫌なおれの親父も、苦労性のおふくろだって、たちまち笑顔になっちまう。収穫も終わって、厳しいだけの冬を越す間の、数少ない楽しみってもんだった。
 それに……あれは、何なんだったんだろうな。幼いころ、一度だけ出会ったことがあるんだ。真っ赤な服を着て、まるで擲弾兵みたいに口ひげをもじゃもじゃにした、変な爺さんだった。
「お前がいい子にしていたら、今度は贈り物をしてやろう」
 おぼろげだが、確かそんなことを言っていた気がする。
 当時のおれは、村でも有名の悪ガキだった。いい子、なんてのは、おれを指さしてから「ああではない子」と言えば伝わるような。やりたいことをやって、やりたくないことはやらない、自由きままを気取って、好き放題にやっていたわけだ。
 でも、爺さんの言う贈り物とやらがずっと気になって、気になって仕方がなかった。だから、おれは「いい子」になろうと、頑張った。そりゃあもう、鉄面皮の親父が目を見開き、しょぼくれがちなおふくろが手を打って喜ぶくらいに、頑張ったのさ。
 頑張って、頑張って──そして今、おれは……

 おれは今、戦場にいた。
 砲声が鳴り響き、銃弾が飛び交う。騎兵が駆け抜け、歩兵が行進する、そんな場所だ。
 悪ガキで学のないおれが、いきなり心を入れ替えたからって、いきなり学者先生や床屋(医者)になれるわけじゃあない。それに、もともと勉強は得意じゃあないんだ。人間、向き不向きってやつがあるだろう?
 だから、どうせ頑張るなら、自分の得意なことで頑張るべきだと思ったわけさ。
 百姓は体力仕事だ、悪ガキなりに経験してきたからには、おれだってそこそこの自信があった。それに、喧嘩なら負けたことはない。拳でぶん殴るか、銃剣で突き刺すかの違いだ、大差はなかった。
 勇気だって、そんじょそこらの奴とは比較にならない。いの一番に敵に突っ込んで、敵の大佐を串刺しにしてやったこともあるんだぜ。
 かくして、世界に誇る大陸軍グランダルメに飛び込んだおれは、それはもう様々な戦場を経験した。イェナ・アウエルシュタット、アイラウ、フリートラント、アスペルン・エスリンク、ヴァグラム……名だたる戦いにはいつだって参加して、そのたびに武勲を上げてきたのさ。
 あの地獄のロシア遠征だって、ミシェル・ネイ元帥の第六軍団として戦い抜いた。そのあとのライプツィヒでも、そして愛する祖国を守る戦いでだって、一度だって臆病風に吹かれたことはなかった。
 おかげで、今のおれは擲弾兵の少佐さまだ。流行り病で死んじまった親父もおふくろも、村の連中だって、きっと思いもよらなかったことだろう。さびれた農村の悪ガキが、世界有数の軍隊で少佐になったなんてな。
「すべての兵士の背嚢には、元帥杖が入っている」と皇帝ナポレオンは言った。そうさ、俺だって、きっとランヌ元帥やマッセナ元帥、それに何よりネイ元帥みたいに、栄光を掴むことができるはずだ。これが、あの爺さんの言う贈り物だったのかもしれない。

 そう信じてきたおれの将来設計図は、一度白紙に戻った。卑怯なマルモン元帥の裏切りによってパリの戦いで大陸軍は敗れ、皇帝は退位を余儀なくされた。
 失意の日々だった。おれが幼いころから追い求めた栄光は潰え、待ち受けていたのは戦い方すら知らない貴族の将校どもだ。
 みじめなものだ、十年近く銃弾砲弾に晒されながら、ついに得た立場は貴族の使い走りとは。
 皇帝は島流しにされたらしい。だが、おれたちはあの人がいつか帰ってくると信じて、信じて、信じて疑わなかった。
 そして、ついにその日はやってきた。皇帝が帰ってきた! もう一度、おれに栄光を掴むチャンスがやってきたんだ!
 ネイ元帥は、皇帝を逮捕するとおれたちを連れて出撃した。でも、やっぱりあの人は根っからの勇者さ、皇帝と会って、すぐに誰とともにあるべきかを知ったんだろうよ。すぐにフランスへ迫るイギリス軍・プロシア軍と戦うために準備を始めてくれたんだ。
 いけ好かない貴族のボンボンじゃない、勇者の中の勇者、ネイ元帥のもとで戦えるんだ。そりゃあはりきったさ。もしかしたら、あの赤毛の元帥こそ、あの日の爺さんがくれた贈り物なんじゃないかって思うくらい、おれはゾッコンだったね。
 おれたちは、カトル・ブラっていう要地を奪取するため、攻撃を仕掛けた。おれの率いる部隊は、勇敢に戦った。何人も何人も死人が出た。副長も、古くからの部下も、みんなみんな銃弾になぎ倒され、砲弾で真っ二つにされちまった。
 それでも、なんとかプロシア軍を蹴散らして、ようやくカトル・ブラを騎兵隊が占拠しようってなったんだ。
 その時だ、連中があらわれたのは。
 真っ赤で派手な軍服を着こんで、丘陵の陰からいきなり飛び出してきたのは、イギリス軍の連中だった。カトル・ブラ守備の援軍として、続々とやってきたのさ。
 奴らの一斉射で、おれの隊は瞬く間に瓦解した。あと一息で、あと一歩でここを占領できたって言うのに!
 でも、おれの周りで仲間たちが斃れていくなかで、なぜだかおれは目の前の敵兵たちから目が離せなくなった。
 こんなこと、死んだ部下たちには恥ずかしくて言えもしないが……なんでかな、連中の赤い服が、どうしてかあの時の爺さんに重なって見えちまったんだ。
 次の瞬間には、あまりにも聞きなれた銃声が鳴り響いて、そしておれの身体をズタズタにした。数十秒前の仲間たちと同じように、おれは街道のど真ん中で崩れ落ちた。
 その時、やっと気が付いたんだ。結局、おれは最期まで「いい子」にはなれなかったのか、って。やっぱり、兵隊じゃあ駄目だったんだろうって。
 だから、赤い服を着た連中に、こうやってとどめを刺されるんだろうって──



遅刻しながらも、#パルプアドベントカレンダー2024に飛び入り参加を……あれっ、もう26日!?

24日夜に突貫で書き始めたので、殴り書きのような文章になってしまいましたが、一人称視点で書くのもなかなか楽しかったです。

ちょうど手元に「ナポレオン ─覇道進撃─」があったので思いついた話でした。大陸軍は地上最強ォォ!


いいなと思ったら応援しよう!