開け放つ準備を (林恭平)
誰でもウェルカム、というタイプの人間ではないので、「開け放たれた部屋」にはなじみが薄い。インドア派で、部屋に閉じこもりがちだ。人に言いたくないことも多い。
でも、「開け放たれた部屋」という響きには心惹かれる。閉そく感が漂うよりも、開いた窓から風や音や香りが行き来するほうがいい。他人とのおしゃべりで発見する、思いがけない楽しさも知っている。
要は、常時開け放たれているのはご容赦願いたいが、こちらの気の向く時に開け放てる自由が欲しいのかもしれない。わがままっぽい気がするが、私の「開け放たれた部屋」という言葉へのスタンスはそんな感じだ。
閉じられた状態、クローゼットという言葉で、性的少数者が自分の個性を隠すことを示す場合がある。
私はゲイであることを打ち明けずに会社員として働く。周りから異性愛者のシス男性だと想定され、会話は進む。彼女はいないのかと問われる。合コンに誘われる。社員の男性比率が高い日系メーカーに勤務しているからだろうか。結婚して、子供を作り、家族を養って一人前とされる雰囲気がまだ根強い。
自分を閉じることが多い。沈黙する。あるいは嘘をつき、整合性を気にして立ち回る。面倒だ。だるくてたまらない。息苦しい。
数年前のことだ。別部署の年上の方と打ち合わせをする案件があった。二児の父親であるという彼は気さくな人で、話が面白かった。なごやかにプランを詰めていたら、
「君は、こっちじゃないよね?」
と、右の手の甲を左頬に添えるあのジェスチャーをして、あくまで冗談だという感じでその人が言ってきた。どう返答したかは、覚えていない。曖昧に笑うしかなかった。
「LGBT? だっけ? 社報で、ワーキンググループを作って取り組んでくとか、出てたけどさ。結局、変態のことだよね。差別とかじゃなくてさ、区別は必要でしょう」
目の前の人間が同性愛者であるとは夢にも思っていない感じだった。彼は苦笑いのようににやつき、ひそひそと私に同意を求めてきた。その様子が、私の目には滑稽に映り、ひどく恐ろしかった。
他人の嫌悪感を制御できないのは重々承知だ。もしかしたら話せばわかる人、かもしれない。職場の全員が全員、敵だとも思わない。でも会社では言葉を開け放つことができない。
最低限、想像してくれたらいいのに、と思う。集団が想定するパッケージに当てはまらない人も、いるということを。社会の空気が、あともう少し変わってくれるといい。
もちろん、望む方向に世間の認識が変わったとして、ドン・キホーテの「本日の主役」のタスキみたいにして、「私がいかにも同性愛者でござい」と常に発信し続けるかというと、そうはしないだろう。
けれど、一緒に仕事をがんばった同僚がいたとして、親しくなってもいいかな、なんて思えた時、どうせなら自分のことをわかってほしい、となる。同じくらい、相手のこともわかりたい。違う人間だから、共通点に嬉しくなる。相違点を確かめ合うことも、同じくらい楽しめるはずだ。
働き始めて鬱屈としていた頃、大学時代からの気心の知れた友達に、初めて自分の性的指向を打ち明けた。
「言ってくれて嬉しいよ」
と笑ってもらえた時、心が軽くなって仕方がなかった。翌朝、いつもは憂鬱だった出勤の道のりが、全然違う。意味もなく強気でいられた。駆けだしたらそのまま、空に続く透明な階段をのぼっていけるような気がした。
言葉を尽くして、私は部屋を開け放つための準備をしている。こうして私の文章を、あなたが読んでいてくれることが嬉しい。私の言葉が、考えが、気持ちが届くといい。
企画: 02. 開け放たれた部屋
部屋とはある孤独な単位の象徴です。しかし、その部屋が開け放たれる。しかし、部屋の外に出る、というわけではない。孤独から解き放たれるわけではない。
この展示ではそれぞれの部屋を孤島と見立てて、会場の各地に作品を点在させています。それぞれの孤島=部屋=作品が、他の島から分け隔てられている状態でありながら、同時に外を想像するとはどういうことなのか。
孤島には、作者の私物がばらまかれています。それはいわば、孤島=部屋からの漂流物です。作品と一緒に、漂流物としての私物もまた読書のよすがにしていただけたらと思います。
企画作品一覧
修了展示 『Archipelago ~群島語~』 について
佐々木敦が主任講師を務める、ことばと出会い直すための講座:言語表現コース「ことばの学校」の第二期の修了展が開催された。展示されるものは、ことば。第二期修了生の有志が主催し、講座内で執筆された修了作品だけでなく、「Archipelago ~群島語~」というコンセプトで三種類の企画をもうけ、本展のための新作も展示された。2023 年8 月10 日と11 日に東京都三鷹のSCOOL で開催。
『Archipelago ~群島語~』展示作品はこちらからご覧ください。
「群島語」について
言葉の共同性をテーマとし、言語表現の新しい在り方を試みる文芸誌『群島語』
2023年11月に創刊号を発表。
今後の発売に関しては、X(Twitter)や Instagram で更新していくので、よければ是非フォローお願いいたします!