ウブだったあの頃を思い出すショートストーリー『Passing Days』
懐かしいな。
一人暮らしのアパート。
大学の卒業記念に親からもらった
高価なウイスキー。
いつ開けようかと思っていたけれど、
なんだか今日は飲みたい気分。
働き出したらこれくらいのものは買えると思っていたんだけど、なかなかそうはいかないね。
せめてこれにお似合いのロックグラスくらいは買っとけばよかったなんて、
今さら遅いけど。
ごめんな、お祝いの酒じゃなくて。
本当はいいことあった時に飲むべきだよな。
仕事から帰ってきて、
コンビニで買った弁当温めてたらさ、
鳴るのよ、ケータイが。
仕事のことだと思って慌てて手に取ったら、
地元に残った親友からだった。
いま彼女と一緒にいるんだよって、
楽しそうにさ。
結婚することになったって、
嬉しそうにさ。
もちろん俺も嬉しいよ。
最近は会ってないけど、親友だし。
祝福するよ。
でもさ、あいつらがいた店のBGMが耳に入ってきちゃったんだよね。
それが初デートで行った映画でかかってた音楽。
洋楽は詳しくないけど、その曲だけはずっと耳に残ってるんだよね。
懐かしいな。
どこの誰が歌ってるのかは知らないけれど。
あいつは結婚で、
俺は彼女もいない。
そんなふうに思ったらさ、
弁当食う気にならなくなって、
お前を手に取ったってわけさ。
マグカップで飲むような酒じゃないんだけど、
うまいんだな、
やっぱり。
あのとき見た映画はなんだっけ?
懐かしいな。
もう無くなっちまった古びた映画館。
初めてできた彼女に、
初めてそっと手を触れた日。
気がついた時には
すでに10代は終わってた。
こそこそ酒を飲んでいたことが
はるか昔のよう。
振り返ることなんかなかったけど、
今でも君の笑顔は鮮明に思い出せる。
なんだか涙が出そう。
どきどきワクワクが少なくなった今、
答えはどこにあるのだろう。
涙なんか流したくないから、
あいつのお祝いにしよう。
でも、ちょっとだけ、
今日だけ、
今だけ、
思い出していたい。