走るためのどら焼き
気がつけば午後3時過ぎ。
作業に熱中しすぎて昼ごはんを食べ損ねた。
あと10分もすれば子どもたちが帰ってくる。でも、腹の虫の雄叫びは止まらない。
おやつストッカーに駆け寄り、チョコレートの小袋を掴んで睨みつける。これっぽっちで足りるわけがない。両手でガサゴソとかき分けた先、先日貰ったどら焼きと目が合った。
ビニール包装までかぶりつく勢いで一気に頬張る。せかせかとした気持ちを柔らかく包む生地。腹の虫を一発で黙らせる粒あんの存在感。両方の甘さを感じ取った身体がようやくひと心地つく。
それでも、ひと心地つく程度だ。
頭の中を主婦モードに切り替える一方で、文字書きとしての私が夜に再開する作業の確認をしている。
食事を忘れるくらい夢中になれる自分が嬉しい。
追い求めるものがあって、それを掴むためにキーボードを叩く。詰まったら腕を組んで、周りに広げた資料にもう一度目を通し、またキーボードを叩く。
出来ていない部分に唇を噛みしめ、新たな発見に体温が上がっていく。
文字書きの私が熱くなると、主婦業にも張りが出る。高まった熱は、別の顔の私にも連鎖していく。
ふと、アルバイト時代に思いを馳せる。休憩中の先輩がコップ1杯のコーラを飲み干して「私の命の水なんです」と言った。夕方のピークを乗り越えた身体を丸椅子に預けながら、口角だけはしっかりと上げて。
このどら焼きは、私にとって命の水なのだろう。
一口頬張る度、脳に甘い燃料が給油され、ハンドルを握る私に「まずは洗濯物を片付けろ」とコースを指示する。鈍っていたピストンがまた忙しなく上下し、回転数を上げていく。
毎日をこの熱量で動き続けるなんて無理なことくらい分かっている。年々体力が落ちていることも嫌というほど実感している。
それでも、打ち込める身体がある内はひたすら走り続けたい。
最後の一口をお茶で流し込んで、ピットを飛び出した。