空飛ぶ馬 - 北村薫|読書感想文・要約(ネタバレあり)
雑感
5話構成の短編集。探偵役の落語家 円紫さんと語り手の女子大生 私 は共通。
4話の途中までは、面白いけど少し自分には合わないのかなあ などと思っていた。しかし、第4話からかなり好みの話で、持ち直した。そして、表題作である第5話は、第4話からの振り幅のあるお話でとても感動できる話だった。
自分なりの要約(ネタバレ)
織部の霊
倉庫に保管されていた武将<織部>の絵。絵を見たことがなかった時期に、なぜか<織部>のことを夢に見ていた。さらに、その人物が史実上、割腹したことまで知っていた(夢にみていた)という謎。
絵自体は見たことはなかったが、出品目録にその絵が載っていたのを見ていた。叔父が出品目録の<織部>のページに印を付ける目的で、そのページに折り目を付けていた。その折り目が人物の腹部で折れる形になっていた。
父親から本は綺麗に保つように厳しくしつけられていたため、折り目を付けるなど考えられなかった。そのショックが割腹として記憶に残った。
砂糖合戦
カフェの女性客3人組の挙動<砂糖合戦>に関する謎。
3人揃ってコーヒーにスプーンで8杯9杯も砂糖を入れていた。
逆に砂糖入れに砂糖を戻すようにみえる動作もあった。
女性客の一人は以前そのカフェで働いていた。素行不良で叱られてクビになっていた。その仕返しのために”砂糖入れの砂糖を塩に入れ替える”というイタズラを行った。
そのイタズラの結果を確認するために、変装して戻ってきたところで声をかけて円紫さんが諭した。
胡桃の中の鳥
女子大生三人旅、登山観光地の駐車場にて。
鍵をかけ忘れていた車内から、シートカバーだけが盗まれたという謎。
蔵王旅行の宿で出会った2-3歳ほどの女の子 ゆきちゃん。ゆきちゃんの母親は、理由不明だが、ゆきちゃんを捨てる・誰かに託すことを考えていた。ゆきちゃんと仲良くしていた主人公たち女子大生三人がターゲットになった。
偶然にも母親と女子大生達の乗っている車種が同じだった。シートカバーを取り去ることで、母親の車と車内の様子が似るようにした。母親の車だと騙して、ゆきちゃんを女子大生達の車内に放置した。しかし、ゆきちゃんは異変に気づいて、母親を探して、車から降りてしまった。
結果、シートカバーだけがなくなった車内ができあがった。
赤頭巾
歯医者の待ち時間で隣席になった奥さん<ほくろさん>からの雑談。
ほくろさんが元同級生の絵本作家<ゆみこさん>家にいった。トイレを借りている間に、ほくろさんの旦那から電話。ゆみこさんが出て、「いらしてます」「雨が凄いから赤頭巾はこないだろう」といった話をしていた。
赤頭巾の話を詳しく聞くと、ゆみこさんの家から見える公園の遊具の前に、日曜夜9時に赤いものを身につけた女の子が立つ、という謎。
ほくろさんの旦那とゆみこさんは不倫していた。日曜夜、ゆみこさんの娘が寝た後に会っていた。
ちょうどほくろさんがトイレに入っているタイミングと、今日は会えるかの確認の電話のタイミングが重なった。今日は会えないということを伝えるときに、赤頭巾というワードを使った。赤頭巾に関してほくろさんに詳細を聞かれたので、上記の作り話を作った。
ゆみこさんとほくろさんが一緒に目撃した赤いレインコートの赤頭巾は、ゆみこさんの娘。
ゆみこさんは数ヶ月前に赤ずきんちゃんの絵本を出版していた。内容には、男女関係を感じ取れるような部分があった。
空飛ぶ馬
表題作。
酒屋<かど屋>にあった木馬。近所の幼稚園のクリスマス会でプレゼントとして寄贈された。その日の夜、近くを通った人が幼稚園の前に置いてあったはずの木馬がなくなっていることに気づいた。だが、翌朝には元に戻っていたという謎。
かど屋の主人の国雄さんはサンタ役として幼稚園のクリスマス会に出演していた。国雄さんは恋人にクリスマス会に参加することを伝えた。実際のクリスマス会は12月21日だったが、恋人は25日だと勘違いした。
恋人はサンタクロースの帽子を手作りした。国雄さんに手渡ししたかったが、都合により郵送となった。日付の勘違いがあり、帽子が届いたのは12月21日のクリスマス会の後だった。
手作りのサンタの帽子が間に合ったということにしたかった。手作り帽子を着用し、クリスマス会に行ったという<嘘>をつくために、一度木馬をかど屋に持って帰った。帽子をかぶりかど屋の元の位置で木馬と写真を撮った。その後、幼稚園に戻した。
感想
話の好みとしては、5>4>2>3≒1
謎要素だけ抽出すると、とても良く出来ているなあと感じた。4話がイヤミス系の割と好みの話で、5話はそこから振り幅のあるとてもいい話だったためかかなり感動があった。
合わないなと感じていた点
雑感でも書いたように、自分には合わない気がすると感じた点をまとめる。
①女子大生の私小説的な側面
主人公が女子大生で私生活の描写が多い。ミステリーの本題を示唆する話もあるが、全く関係ないと感じるところもある。早く本題に入ってくれと感じるところもあった。
ただ、当時は北村薫先生が覆面作家をしていたため、素性がわからなかった。作者がうら若き女性ではないか、作者の実体験ではないかと想像しながら読めたなら、また違った感想だったかもしれない。
北村先生が素性を晒して実は男性だとわかった時、かなり落ち込んだファンがいたらしく、そのエピソードを知れただけでも、この本を読んだ価値はあったなとは感じる。
②落語に関する知識
これは自分の教養不足のせいではある。
探偵役の円紫さんが落語家であり、落語の演目に絡めた話をしている部分が多い。もちろん知らない人にも伝わるように詳しく説明してくれてはいるが、十分に楽しめなかったとは感じる。知識がある人ならクスリとできる部分もあったのだろう。
③探偵役が優秀すぎると感じる
いわゆる安楽椅子探偵ものである。
主人公の女子大生<私>が得た謎を、探偵役の<円紫さん>に伝えて解決してもらうという構成なので、仕方ない部分もあるが、探偵役が結論に至るのが早い。<私>の話が終わったらもうだいたい全てわかっている。
他の作品にも優秀な探偵役は多く出てきたが、円紫さんほど優秀すぎるとは感じなかった気がする。その理由を考えてみる。
1つ、推理力の根拠。円紫さんの描写として、記憶力がすごいという描写はある。だた、記憶力と推理力は自分の中では相関するパラメーターではないため、記憶力がいいことが推理力高さの根拠とは感じない。各話の謎解きも記憶力が活きたと感じるものがあまりなかった。
2つ、情報を得てから答えを出すまでが速い。安楽椅子探偵でない他作品の探偵役だと、各情報・手がかりは順次に得ていって、それぞれについては一晩だったり数日だったりと検討する時間がある。ただ、円紫さんはいっぺんに情報を得て、話終わる時には結論がほぼ出ている。速すぎると感じてしまった。
3つ、水平思考的な推理がない。聞いた情報から1つの結論に行き着くわけだが、情報もまた聞きのようなものが多いため、情報不足で結論が1つに限定できるとは限らないのでは、と感じてしまった。水平思考的に別の推理も出して、根拠に基づいてその推理を否定する、といった描写がなかった。一直線に答えに辿り着いているように見えてしまっていた。
いわゆる安楽椅子探偵なので仕方ない部分もある。妻子持ちの落語家と女子大生が行動を同じくしすぎるのも変なので、こういう形式にならざるを得ないとも感じる。とはいえ、自分の足で手かがりを探す探偵像の方が、自分は好きなのかなあと感じた。
北村薫先生の作品は、この円紫さんと私のシリーズは後回しかな。調べてみると『盤上の敵』は評価もよく、割と好みの作品な予感がするので、いずれ読んでみたい。