葉隠
”武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり”
めちゃくちゃ有名な「葉隠」の一節
葉隠は1716年頃の江戸中期に肥前国佐賀鍋島藩士の山本常朝が
武士としての心得を口述して士田代陣基が筆録したもの
目的のためには死を厭わないとすることを
武士道精神と誤解されることが多い
しかし,後に続く文がありその現代語訳はこう
葉隠は武士達に死を要求しているのではなくて
武士として恥をかかずに生きて抜くために
死ぬ覚悟が不可欠と主張しているのであって
あくまでも武士の教訓を説いたものになる
当時の江戸中期の状況から戦国時代のような修羅ではなく
平和な日々が続いていたので武士は小役人のような仕事をしていた
本来は戦うことを主としていただけに,次第に
怠惰になったり堕落したりする者が増えていった
そういった気が抜けたサラリーマン武士の為の
読めばめっちゃやる気が出るビジネス書だった
今で言えば”流行りの自己啓発本”みたいやつだね
まぁでも
書いてあることは壮大な死生観であったり
江戸幕府太鼓判の儒教的な内容であったので
戦場での生き死にの経験をくぐり抜けた実践的な話ではなく
理念化された武士道の内容で
リアル武士の戦い方入門って感じでもないから面白い
かの三島由紀夫も「葉隠入門」という本を書いていて
本人も葉隠をずっと傍に置いていたという
三島は死に対して戦争などの殺し合いの「死」とは全くの逆の
生活からかけ離れてしまった「死」を葉隠から説いている
日本人はかつては日常生活と表裏一体のものとして「死」を意識してきた
それは流れる自然と捉えていて日本人の芸術の源泉でもあった
今や「死」は特別なもの,非日常的なものとして捉えられてしまっている
失われた死の概念
古代ローマのメメント・モリに通づるものがある
人は自分で「死」を選びとれるとして「正しい目的のための死」があると
思い込んでいるけれども
変化をしてゆく歴史において「正しさ」も時の流れで逆転しうるもの
葉隠はそのような煩瑣な判断からの「死」の選択や正否に
言及しているのではなくて
葉隠の「死」は人が死に直面する時の
”人間の精神の最高の緊張の姿”として描き出している
死ぬ気でやろうぜ
この言葉なんだとおもう
メメント・モリから一節
Carpe Diem!
(今を楽しめ!食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから)
了