クールマイルドに火をつけて
クールマイルドに火をつけて
冷たい夜風と一緒に紫煙を肺に吸い込んで深く吐きだす
はるか遠くに見えるテールランプが見えなくなる
信号機の赤と青は交互に代わる
必要としている車も人もいない
深夜の幹線道路沿いにて月末の仕事が終わったボクは
もう一度深く煙草を吸って
今度はため息と一緒に煙を吐き出す
政権が交代して間もなく
未曾有の震災が起こる少し前のことだ
ボクはショッピングモール内のテナントショップの店長をしていた
小さなテナントで、客足は疎らで
終始お茶を引いて終わる日も少なくなかった
おかげで毎月店の収支が赤字に見舞われていて
いつ閉店してもおかしくない状況だった
それでも閉店せずにいられたのは
全国に系列店があるので
他店舗の利益分で不採算を相殺していた
赤字店舗店長再びってことだ
そもそもこの店舗
オープンしてから連続赤字続きで黒字化したことがない
僕の前に店長が2人ほどいたけれど、黒字転嫁させることができなかった
モール出店自体が無謀だったんじゃないか?
近隣には大型ライバル店があって、集客は持っていかれていた
決して安くないテナント料と人件費
出店時に購入した什器の原価償却はまだまだ終わりそうにもない
そんな潰しが効かない店舗に赴任することになったのは
人事部の部長が昇進の条件として店舗再生を出してきたからだ
店舗立て直しができれば晴れて昇進というわけだ
条件提示してきた人事部長が心を病んでしまって
数ヶ月後に辞職することが分かっていれば、引き受けてなかったと思う
とはいっても
赴任して仕事が始まってしまえば、後戻りはできない
かといってこれといった打ち手があるわけでもない
予算を必要とする施策は天地がひっくり返っても承認が下りない
あれよあれよと月日が経っても一向に成果が出ない
月末会社に収支報告することが苦痛だった
それに店舗スタッフの当事者意識の低さが嫌だった
店舗が赤字で火の車であろうと給料は出るし
運営責任は店長に任せっきりで
我関せずという涼しげな顔を見るたびに
「なぜ自分ばっかり辛い思いをするんだ」という被害妄想に襲われて
常にボクはイライラしていた
その日もショッピングモールが閉店して
施設の照明が消えて守衛が巡回している中
PCのライトだけで収支報告と翌月の計画を作っていた
日付が変わりそうだったが何とか作成し
メール添付して送信する
こんな時間に送信されたメールを相手は明日の朝
どんな気持ちで開封するのだろう
こんな時間まで残業して残業代の浪費に怒り狂うだろうな
計画は毎月ことごとく実現できない
達成見込みのない計画を出し続けることが常習化してる
ここまでして面白いくらいに達成できないと
自分は無能の大ウソつきなんじゃないか
思わず自嘲し笑い声が出た
声が聞こえたのか
守衛がやってきて、もう帰ってくれと急かすので
PCをシャットダウンして裏口から出る、外は真っ暗だ
とりあえず一服しよう
クールマイルドに火をつける
ポケットからケータイを出す
時刻は日付を更新して少し経ったくらいだ
家族は寝ているだろう
生まれたばかりの息子も寝ているだろう
この苦行はいつまで続くのだろうか
何より腹減った
今日はなにも食べてない
誰かに聞いてほしくてツイートする
"こんな時間まで月末締め。頑張った自分にご褒美に吉野家いく"
暫くして更新をかけても反応がない
そりゃそうだ
こんなくたびれたツイート、世界に発信しても誰も拾わないよな
駐車場に向かい車のキーを開ける
車の中でハンドルに寄りかかり深いため息をつく
ぎゅるんと腹が鳴った
どんな時でも腹は減るよなぁ
リプライ通知が来た
"おつかれさまです!自分もさっき終わって吉野家行きます、奇遇ですね!"
他の赤字店舗の店長からのリプライだった
ボクは一人じゃない
"お疲れ様、日付かわって今日もお互い頑張りましょう"
返信してもう一本、僕は煙草に火をつけた