俺は異国の地で、弱い自分と決別した。
未熟な自分が嫌いだった。弱い自分と決別したかった。自分で自分が弱いことは痛いほど分かっていた。
この劣等感は私の人生に常につきまとって邪魔をするものだった。
好きな子に告白するときも、友達と喧嘩するときも、この劣等感は常に心の中で愉快にタップダンスをし、「なりたい自分」になることを許さなかった。
いつか未熟な自分と決別できる時がくるのだろうか、いや決別しなければならないのだとは分かっていた。だが未熟な自分は、能動的に自分の弱みを克服しようとはしなかった。「大人になればきっといつか未熟な自分とさよならできる。」そんな今思えば馬鹿らしい妄想を頭の中で躍らせながら、僕は「決別」のときをただ受動的にずっと待ちつづけていた。小学4年生のあの日、クラスでう〇こを漏らしたあの日から待ち続け、気づいたら22歳の誕生日を迎えていた。
こんな俺だが年を重ねるにつれて分かったことがある。
人間は本当の意味で変わることはできない。
ただそこには「成長」という錯覚が存在するだけだ。生まれ持った性格や素質、行動特性は変わることはない。今はもう水に流した小4の「先生はう〇こじゃありません事件」を経験したあとも、ここに書ききれないほどたくさんの経験をした。若造なりの酸いも甘いも経験した。だがどれだけ大きな恋愛をしても、どれだけ広い世界に足跡をつけようとも、それらからどれだけ「成長」を実感したとしても、時は経ち、苦しみは薄れ、気が付けば目先の快楽に手を伸ばすようになるし、易きに流されるようになるし、保守的になる。
毎回同じ失敗を繰り返すたびに、「人間ってほんと馬鹿だ」と思う。
そんな自明の理をわきまえていながらも、「成長」が錯覚であると分かり切っていたとしても、その錯覚さえ信じ込んで「俺は成長したのだ」と胸を張りたいのが人間である。俺はこの旅で、確かに「決別」し、「成長」したのだ。
「お~い、オーストラリアに旅行に行こうぜ!」
友達に誘われ、流されるようにオーストラリアに行ったのは去年の夏だった。別に海外に強い憧れがあるわけでもないし海外での経験に大きく期待しているわけでもなかった。ただ毎日朝目を開けてから夜閉じるまで永遠に同じように続くこの景色から逃れたかっただけなのかもしれない。
流されるように慌ててパスポートをとり飛行機を予約。気付いたら俺はオーストラリアにいた。
オーストラリアの暮らしは驚きの連続だった。クレジットでチャージするICカードも、道を走る路面電車も、全てが僕には新しかった。文化を異にする人々が同じ空間に過ごすこの国に驚き、肌を刺す冬の冷たさに驚き、教科書でしかみたことのなかった英語が飛び交うこの空間に驚いた。
非日常に続く非日常は、知らぬ間に、しかし確実に僕を「成長」させていた。よしんばそれが錯覚であったとしても、僕の心は、可能性は、未来は、いつにもまして大きく、輝いている気がした。今まで眼前に広がっていた「当たり前」は音を立てて崩れ落ち、そこには見たことのない、踏破したいと強く心を惹かれる新しい世界が開いていた。
僕を流していた風はぴたりと止んだ。いや、性格には流されていた僕の足が受動的に流されるのをやめて強く地に足を踏み込んだのだろうか。今の俺なら新しいことに挑戦できるかもしれない。これも錯覚が生み出した成長の賜物なのだろうか。いや関係ない。地に足を踏み込んだこのタイミングだ。この一瞬を逃すと次はない。口よ、動け!!!
「囚人体験をしよう!!!」
おいしそうに外国のお菓子を頬張る友達はいつも以上に目を見開き、俺と、俺の視線の先にある「囚人体験$20」という広告に目をやった。囚人体験とは、ざっくばらんに言うとその名の通り囚人収容施設をリノベーションした観光スポットの中で、囚人になり切って囚人の生活を追体験する、というものだ。
俺は普段から自分から何かを提案する人間ではなかった。それだけに僕は自分の口からこの言葉が出てきたことに驚きを隠せなかった。
俺を取り巻く非日常は、慣れないコーヒーのにおいは、目を刺すような海の輝きは、言葉を異にする人々は、俺を確実に「成長」させた。一日一刻は成長の連続で、俺は間違いなく小学生の俺が心から望んでいた姿に近づいていた。
強く感じた。俺は変わったんだ。これが成長だ。一度成長の感覚を掴んだ「僕」は、これからも成長を続けていく。今まで声をかけられなかったあの人にも声をかけられるだろうし、自分には手が届きそうになかった目標にも手を伸ばせるだろう。無限に広がった未来に、胸の内のワクワクが抑えられなかった。
この旅行が、この非日常が、「成長」機会だ。自分が掴み取った成長なのだ。普段受け身の僕が、初めて主体的に提案をした旅。「僕」の歴史の転換点。ここを原点として僕の未来は今以上により明るいものになっていく。
ガチャリ。重い鉄格子の扉を開けて囚人体験の料金を払う。目の前には同じく囚人体験に申し込んだ15名ほどの様々なバックグラウンドを持った人々がこれから起こりうる囚人体験のプログラムを心待ちに待っていた。
数分後、看守然とした男がゆっくりと入ってきた。本番が始まる。「成長」した僕のデビュー戦だ。さあ、どんな面白いパフォーマンスを見せてくれるのか。もう周りには流されない。「成長」した俺がどこまでできるのか試させてもらおうじゃないか。看守は私含めて「囚人」になりきった観光客に大声で話しかけた。
"What do you do!!!!!!!!?????(お前の仕事は何だ!) "
僕は終始下を向いていた。何もない地面を食い入るように見つめた。英語は話せなかった。「話しかけないでくれ」とこんなに強く思ったことはなかった。紙には英語で囚人になった自分のプロフィールや犯した罪などが細かく書いてあったが、英語ができない自分は自分の名前も、何の罪を犯したのかも分からなかった。
何やら周りは指示通りに足を上げている。僕もあげよう。
その後看守が自分に向かって怒声で何かを聞いてきていたが、知らないふりをした。俺の英語の成績は2だった。
唯一監獄内を自由に探索できるコーナーがあった。そこでいっぱいはしゃいだ。そこでもスタッフに声をかけられそうになったので聞こえないフリをした。
「楽しかったね」と嬉しそうにいう友達を横目に僕は思った。人間は変わらない。
あと旅行中に普通に腹下してうんこちょっと漏れた。
最後までお読み頂きありがとうございました! もし私の作品を良いな、と感じていただけましたらサポート頂けると大変嬉しいです😊 サポートでいただいたお金は創作活動のための書籍購入に使わせていただきます。