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【エッセイ×旅行記】夜鳴きそばを食べながら、再会を強く約束した日【長野県松本市】
「今の二人の位置からだと、長野県松本市が丁度真ん中に来るかな!」
そんな感じで適当に旅行先を決めて、後でよく調べなかったことを悔いるのは、私と友達の悪いところだ。
旅程は一泊二日。「松本市 観光」でとりあえずグーグル検索をする。「松本城」、「松本市美術館」、「中町通り」などいくつか候補が上がってくる。一泊二日なら十二分に楽しめそうな場所だ。次第にワクワクがこみあげてくる。
*
彼とは新卒で入った会社の内定者研修で出会った。明るく、ポジティブで、前向き。自信過剰すぎるところがたまに鼻につくが、周囲にも認められ可愛がられるタイプの人間だ。
彼と同じ企業で働けることが嬉しかった。初期配属先こそ違うものの、同じ関東圏内勤務ということで、休みが合えば飲んだり遊んだりしていた。
しんどくも楽しい会社員生活は飛ぶように過ぎ、間もなく3年目を迎えようとしていた。
私も彼も会社からの評価はそれなりによく、よほど問題を引き起こさない限り順調に出世できるだろうと話し合っていた。このまま良い評価を取り続けて、それぞれ花形部署に配属されるだろうとお互いを鼓舞していた。
ところで、うちの会社には、入社3年目の壁という言葉がある。
この会社に新卒で入社した人間は、7割が3年未満でやめていく。逆に3年目を迎えられた人間は、一生その会社で働いていく。会社に残るのは、本当にその会社が好きな人間と、入社前に自分の描いていた崇高なキャリアプランがこの会社で本当に実現できうる、と考えているごくわずかな人間だ。
キャリアプランという点について少しだけ詳しく説明すると、この会社はIT系であるものの幅広く事業を手掛けており、いろいろな職種が存在する会社で、中には皆があこがれるような「キラキラした」仕事も存在する。社会を知らない大学生は採用担当の甘い言葉につられてあこがれの部署を目指して入社してしまう。しかし実態としては皆が憧れる「綺麗な仕事」はゴリゴリに経験を積んだキャリア採用の人間が担い、新卒はごく単純な、誰でもできる作業をひたすらやらされるという仕組みになっている。そんな苦役に10年弱耐えなければ、自分のやりたいことはできない。いや10年たってもできる保証などないが、10年単純作業を繰り返した人間はその頃には転職できるスキルもなく、会社に残らざるを得ないという地獄の仕組みとなっている。まったく社会とは恐ろしいものである。
多かれ少なかれそのような事情はどの企業でも見受けられるだろうが、うちの会社はその動きが顕著である。
3年目を迎えると、基本的には役職が一つ上に上がるのだが、その役職から人員が一気に少なくなる。皆辞めていくからだ。全国に拠点を構えている会社なので、各拠点にその役職の人間は一人はいなくてはならない。したがって3年目の峠を越えた社員は全国津々浦々にある拠点に飛ばされるリスクと隣り合わせの状態で仕事をしている。
かくいう私も採用担当の甘い言葉につられて入社してしまった人間だったので、入社して3年目を迎えようか、という時期に今の会社に未来が見えず転職した。案の定私のやりたい仕事は、キャリア入社でバリバリ経験を積んでいる猛者たちがしているため、そもそも新卒の人間に出る幕はなかったという訳だ。それが先輩社員との話の中で分かり、私は会社を去る決意をした。
3年目ならまだ第二新卒のカードが使える。私はHRの領域でキャリアを形成したいと考えていたので、今の会社に転職を決意した。
一方彼はまだ働き続けている。彼は将来海外に駐在したく、この会社に入っている。内定者研修の時から「俺は海外に行くぞ!」と豪語していたのが懐かしい。
彼は崇高なキャリアプランを描いている人間であり、自分は能力がある、才能もある自分はいつか会社の大きい仕事をさせてもらえる、と飲み会のたびに吹聴していた。やはり鼻につくところは否めないが、実際職場でも高い評価をもらっていたので僕も彼は順調に出世してやりたい仕事を任せてもらえるだろうと思っていた。
*
月日は過ぎ、彼は3年目の後半、役職が1つ上がった。
それは彼の崇高にか掲げるキャリアプランの一通過点を無事に通り過ぎたことを意味すると同時に、会社側からすると「こいつはもう他のところには逃げないだろう」という人材に見られたということを意味する。
彼はものの見事に富山県に異動となった。そういうあからさまな人員異動をさせるところも私がこの会社が好きでない理由だ。
私は都内勤務、彼は富山県に異動ということで、会う機会が減っていってしまった。
たまにLINEで連絡を取り合い様子を伺う限り、相変わらず楽しく働いていそうだ。
彼が昇格して3か月ほど経ったころだろうか。私と彼の長期休みがかぶる時期があった。これはラッキーである。ここで会わねばもう一生会えないぞ、というくらいの意気込みのもと旅行に行くことを約束した。
彼は東京の大学に通っていたものの、地元は名古屋なので、大学卒業と同時に東京のアパートは引き払っている。そのため関東に縁が全くない状態である。
どこで会おうか、という話で色々探していたが、さんざん考えた挙句、最終的には二人のいる位置を線でつなぎ、中間の位置に点を打つ。そこは長野県松本市だった。
「松本」と言えば松本城くらいのイメージしかなかったので、正直そんなに期待していなかったのだが(松本市長さん申し訳ございません。)調べてみると美術館やら美味しいご飯屋さんやら、一泊二日で周るには十分すぎるくらい観光地があることを知った。詳細は後述する。
久しぶりに会うし色々と積もる話もあったので、正直どこに行くか、というのはそれほどこだわっておらず、ただ久しぶりの再会を楽しみにしていた。
*
土曜日朝8時。松本駅に降り立った。
天気はこれでもかというくらい快晴であり、澄み切った青空に白く映える北アルプスが眼前に飛び込んできた。
普段仕事ではビルに囲まれた街並みを歩いているので、遠くを見ると山の稜線が目に入る街並みは、そこに身を置くだけで心地がよかった。
旅行に行く道中は必ずその街の歴史や特徴などを市のHPなどで調べるようにしている。下記松本市の説明で興味深かったものを紹介する。
清らかな水が流れ込む盆地に広がる松本市。
日本でも代表的な内陸性気候・中央高地式気候の都市です。
周囲を3000m級の標高の高い山地に囲まれている影響で
年間を通して湿度が低く、年間降水量も少ない、晴れのひが多いという安定した気候です。
また、冬は放射冷却現象によって朝晩の気温はかなり低くなることが多いのも特徴の1つです。
また、上高地などの安曇地区は
松本盆地とは異なる日本海側気候の影響を受け
冬は雪に恵まれ、スキーなどのウィンタースポーツを楽しむことができます。
日本アルプスを擁して多くのアルピニストを迎える『岳都』、まちかどにバイオリンの調べを聴く街、セイジ・オザワ 松本フェスティバルの街『楽都』、古くから学問を尊び、学生を大事にする都、進取で議論好きの市民気質から『学都』。「『三ガク都』まつもと」~岳都・楽都・学都~と呼ばれています。
市の職員だけでなくそこに住まう人々全体で観光を盛り上げる姿勢に、ますます観光が楽しみになる。
集合場所は松本駅前のマックである。
マックに到着すると、お店はガラス張りで、外から店内がのぞけるようになっていた。
彼は朝マックをバクバク食べていた。何なんだこいつは、これから松本のおいしいご飯を沢山食べるのに、と思ったのを何とか胃の中に流し込み、無事合流。
松本にはレンタルサイクルを乗り降りできる拠点が市内に複数あり、自由に乗り降りできるため、松本市内の移動はレンタルサイクルに決まった。
松本はその市内でグルメや観光などが完結する素敵な街だった。何よりおいしいご飯屋さんが多い。
以下に私が行ったご飯屋さんを紹介するが、恐らく人気過ぎて私が紹介するまでもないかもしれない。
1.おきな堂
夜のディナーを食べにここに来た。感動した。ここは絶対に行ってほしい。
「おすすめポークステーキ(安曇野・三澤農場)」は絶対に食べてほしい一品。ほっぺたが落ちるとはこのことか。
レトロな雰囲気の店内で、家族やカップルが思い思いの時間を過ごしている。その場でステーキを切り落としてくれるのだが、「長野の良いリンゴだけを食べさせた豚ちゃんなので、お肉がとても柔らかいんです。」と心地よい料理の解説も聞ける。りんごを食べさせると本当に肉が柔らかくなるのか、とか間もなく口にする豚の生前のディテールを描写すな、などの指摘は野暮である。
デザートのレモンゼリーもこれまた絶品。フォルムが可愛くて食べるのがもったいなかった。
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2.居酒屋『一歩』
松本には山賊焼きを食べられるところが沢山ある。
山賊焼きと呼ばれる所以も色々あるみたいだ。興味がある人は調べてみてほしい。
いくつかレビューを比較する中でこの店を選んだ。
空腹もスパイスとなり、一気に食べてしまった。
初日のランチに訪れたのだが、その店の中で友達が「俺、転職することにしたんだよね。」と話し出した。初日の昼になんて重い話をするのか。
店を出るころにはやや胃もたれ気味であったが、山賊焼きが美味しくて一気に食べてしまったからなのか、重い話を聞かされたからなのか分からなかった。この話は後述する。
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3.燻製工房 燻丸-kunmaru- – 信州・松本 中町商店街 (nakamachi.org)
エントランスから入ると多くの木材が出迎えてくれる。
まるで里山の中にいるかと錯覚させる素敵な店作りだった。
燻製珈琲とケーキを頂いた。燻製の香気がたまらない。
燻製卵や燻製チーズなど、夜の酒のつまみになるようなものもお土産として買うことができたので、夜がますます楽しみになるのであった。
観光で来た人はおつまみを買いに必ずここに来てほしい。
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4.CAFÉ PURIN(カフェプリン) | 長野のふわとろプリンとモンブランが主役のカフェ (cafepurin.com)
こちらも外観に惹かれ入った。松本はどうしてこうもお洒落なカフェが多いのか。プリンのみならず様々なスイーツが食べられ、テイクアウトもできる。
「ふわとろ食感」を大切にされており、店内の内装もプリンの配色がコンセプトを貫いていて素敵である。まるでプリンの中にいるように、というのはさすがに盛りすぎだが、食事から内装までプリン一色(二色か)なのは外から見ても目を引くカフェだった。
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レストラン紹介は以上とする。そんな形で王道の松本城や草間彌生美術館もしっかりと観光しつつ、気づけば夕方になっていた。本日の宿に向かう。
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宿泊場所は「天然温泉 あづみの湯 御宿 野乃松本」に決まっていた。
このホテルはドーミーイン系列ながらも、非常に良かった。
何が良かったって、あえて「サウナイキタイ」のリンクを貼ったが、それほどサウナが良かった。
基本的には宿泊客しかサウナを使わないので、サウナがそれほど込み合っていない。サウナは熱々で、セルフロウリュができる。外気浴ができるスペースからは、松本の街を一望できる。
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サウナの事前情報は調べていたので、宿に着くや否や僕たちは温泉に直行した。それほど込み合っていないサウナの中で、僕と友達はサウナ⇒水風呂⇒外気浴を3周ほどした。サウナは外国でも有名なのか、海外から来た観光客の方もサウナでゆっくりとしていた。セルフロウリュの水が出る緑のボタン(一度押したら水が流れる仕組みで、20分後に蛍光色のランプが点灯し、また押せるようになる仕組みである)を不思議そうに眺めており、少しかわいらしかった。
サウナから上がり、部屋で晩酌が始まった。私の転職後の話や、友達の仕事の話。プライベートの話。とりとめのない話が続く。
ここで昼間少し上がっていた転職の話があがった。
「俺、転職することにしたんだよね」
正直私はその話を聞いてびっくりした。彼は仕事でも上手くいっていたし、順調に社内でのキャリアも積んでいっていたからである。
理由は自分がやりたい仕事がいつまでもやらせてもらえないからとのこと。この会社を去る人間の99%が上記の理由でいなくなる。1年判断が遅かった。
飲みの場では滔々と自分の考える崇高なキャリアプランを恥ずかしげもなく話す彼も心の中では薄々どこかで感じていたのか。いつからそのように思ったのだろう。
冒頭に話したキャリア、という点で補足をすると、確かに新卒でもごくごく一部の優秀な人間は実力を買われ花形部署に異動になるケースもある。そんな人材は人事異動があったとしても都内、せいぜい関東圏内をぐるぐるさせられるだけである。わざわざ実力があって花形部署に異動させたい社員を会社が引っ越し費用を負担してまで遠くに飛ばさないだろう。
富山に異動になった彼は、「自分は大切にされない人材なのか」と思ったと話す。
話を聞くと、もうすでに転職活動はしていたらしい。面接も受け始めているとのこと。ただ間もなく4年目でスキルもない、となるとなかなか書類が通ることも難しいとのことだ。
今はHRの領域にいるので少ない知識の中で相談に乗っていた。
ずっと話していた。気づけばスーパーで買いこんだ缶ビールはほとんど空になっており、燻製カフェで買った燻製つまみもほとんどなくなっていた。
「夜鳴きそば、食べに行こう。」
ずっと気になっていた。このホテルでは夜の時間帯、夜鳴きそばが提供される。夜鳴きそばって何だろうと調べたら面白そうな由来が出てきたので下記引用する。
夜鳴きそばとは、夜中にチャルメラを鳴り響かせながら売り歩いていた屋台ラーメン屋を指す古い名称である。この名称の由来は諸説あるが、代表的なのはふたつ。
ひとつは、屋台ラーメンにおなじみチャルメラの哀愁に満ちた音色が、まるで鳴いているように聞こえたために名付けられたという説。もうひとつは、江戸時代の夜鷹そばから変化していったという説。夜鷹そばとは当時のそば売り商人を指す名称で、その名称はそば売り商人が夜鷹と呼ばれた夜間に客引きをする娼婦と同じ時間帯に働いていたことに由来する。
なお、ラーメン人気が定着すると、「夜鳴きそば」と名付けたラーメンを夜食として振舞うビジネスホテルも現れた。
静まったレストランの中、同じく夜鳴きそばを食べに来たグループが何組か見受けられる。皆天井に吊るされているテレビを見ながら、それぞれの大切な時間を過ごしている。
「俺、絶対に転職成功させて東京に戻るわ」
私がラーメンを受け取って席に着くや否や彼は言葉を発した。
それはこれまで虚勢で肯定してきた自分の過去を否定し、再出発を強く誓う心強いものだった。
こういうときに何て返せばよいのか全く分からない。少し時間を置き、「またラーメン食べに行こな」とよく分からない返事をしたのを覚えている。
ただ彼の再出発の意気込みを聞き、私も改めて今の仕事にしっかり取り組もうと心から強く思った。HRとしてのキャリアは始まったばかりだ。どんどん実績を出して昇格していこうと強く思った。
次の日の朝、彼と再会を誓い駅のホームで別れた。私たちはまだ20代半ばだ。いくらでも選択肢は残っている、と自分がいうのはおこがましいが、本当にそう思う。
正しい選択をするより、自分の選択を正解に近づけるように。
最近ひしひしと感じる言葉だ。
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