
【ショートショート】嵐の下宿先
荒れ狂う強風に、窓ガラスがびたびたと音を立てている。外を見れば、木々の枝が激しく揺れる中、傘を差した歩行者たちが必死に前進している。まるで、自然が人間を馬鹿にしているかのようだ。ちっぽけな人間よ、自然の力を思い知るがよい。ここ30年で最も勢力が強いと言われる台風が、そう言わんばかりにこの街を直撃した。
ベッドの上に横たわる飛松美咲(とびまつ・みさき)は、耳栓をして目を閉じた。美咲は、大学の運動会「通葉学院大学(つばがくいんだいがく)スポーツフェスティバル2024」の後、体調不良で数日間寝込んでいた。体は疲れていても、寝つくことができない。
一人暮らしをはじめて半年経つが、大学生活はいまひとつしっくり来ていなかった。歴史が大好きな美咲は、歴史学部で学びながら歴史研究のサークルにも入り、通葉市にある神社についての調査を進めている。同じ趣味を持つ友達もたくさんいて、それなりに思い出もできた。しかし、やはりどこか居心地が悪い。
通葉学院大学は地域では名門校として知られ、合格に必要な偏差値は63と言われている。そんな大学でも、明るい奴は明るいし、羽目を外す生徒だってたくさんいる。昔から大人しかった美咲にとって、その中で元気な若者のふりをすることは心理的な負担となった。スポーツフェスティバルという「青春を絵に描いたようなイベント」は、美咲の心を大きく消耗させたようである。スポーツフェスティバルでの疲労は、体力面というよりむしろ精神面から来ているのかもしれない。
そうだ、母に会いに行くときだ。母と会えば、きっと気持ちが楽になるはずだ。
美咲が中学生になった頃から悪化した、母との関係。美咲が大学生になってからは、二人の関係は改善の兆しを見せていた。昔は母の存在自体が疎ましいものであったが、今は違う。大きな心の支えとなっている。
この三連休に実家に帰りたいが、この体調と悪天候ではなかなか帰れそうにない。電車もあまり動いていないようだ。
美咲は耳栓を外し、起き上がった。スマートフォンを見ると、寝ている間に母からのメッセージが届いていたようだ。
「荒天で大変だと思います。無理せず家にいてくださいね。お迎えに行きますので、待っていてください」
美咲は一瞬、目を疑った。「実家に帰るね」というメッセージを送る前に、母から連絡が来たのである。実家に帰りたいと思っただけで、母がそのタイミングでメッセージを送ってくるなんて。まるで母がどこかで自分をみているかのようだ。
涙がこぼれそうになる。高校を卒業するまでの母への反発の日々が、みるみるうちに消え去っていく。今こそ、母の思いに素直に応えるときなのかもしれない。
静かに立ち上がると、窓の外に広がる嵐を眺めた。落ち着いた母の声が聞こえるような気がする。近い将来、きっとこの慌ただしい大学生活も、穏やかな日々に変わっていくはずだ。
美咲は母のメッセージに返事をし、再び寝転んで目を閉じた。荒れ狂う風音が、徐々に遠ざかっていくのがわかる。