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顔厚忸怩



校庭の隅っこで、真美はぼんやりと立っていた。体育の授業はもう始まっていて、みんなが元気よく走り回っている。でも、真美は病み上がりで、先生に今日は見学するように言われた。実際、少し体調が悪かったけど、心の中で感じているモヤモヤとは別だった。

「放課後、髪切りに行くわよ」

今朝、母親が何の前触れもなくそう言い放った時、真美の胸はズキンと痛んだ。何かを一方的に決められる時、それはたいてい良くないことが起こる予感を意味していたからだ。

切りたくないなあ…

真美はそう思いながら、手で自分の髪の毛先を軽くつまんだ。前髪は重くて、視界を少し遮るけど、真美にとっては大事な隠れ蓑だった。だって、顔に自信がないから。体型だって、ちょっとぽっちゃりしてるし…。みんなが笑って遊んでいるのを遠くから見つめるだけで、真美はますます小さくなった気がした。

髪が長いと、少しだけでも隠せるのに…。

真美は、自分の顔や体がどれほど嫌いか、誰にも言ったことがなかった。
大きなため息がこぼれた。でも、それで何かが楽になるわけでもない。母親の言葉は、まるで頭の中で鳴り響く鐘みたいに、止まらない。髪を切られるのは嫌だけど、拒むことなんてできないのだ。
真美は、ただ黙って、遠くで楽しそうに動き回るクラスメイトたちを見つめ続けていた。



真美は学校からの帰り道、重い足取りで歩いていた。ランドセルが肩にずしりと重く感じるけど、それよりも胸の重さが気になって仕方ない。

髪、切りたくない…。

言わなきゃ、今ならまだ間に合うかもしれない。でも、どうやって言えばいいのかわからない。母に逆らうなんて、いつもできた試しがない。思い切って言おうと口を開きかけたその瞬間、家に着いた。ドアを開けてランドセルを置いた途端、母の声が響く。

「すぐ床屋行くわよ。準備して。」

床屋?美容室じゃなくて?

真美は思わず眉をひそめた。床屋なんて、男の子が行く場所だと思っていたけど…でも、母親の言うことに口答えなんてできない。反論しようとした気持ちはすぐに引っ込んでしまう。母はもう急かし始めていて、すぐに車に乗るように言われる。

何も言えない。いつもそうだ…。

心臓がドキドキと速くなるのを感じながら、真美は制服のスカートの裾をギュッと掴んだ。車に乗り込むと、どこか違和感のある沈黙が二人の間に広がっていた。真美はずっと自分の手元を見つめて、心の中で何度も同じ言葉を繰り返す。

切りたくない、切りたくない…。

床屋に到着すると、母に引っ張られるようにして店内に入る。店に入った瞬間、真美の足はますます重くなった。もう後戻りはできない。母の後を追うようにして席に座らされると、真美の心臓の鼓動はさらに早くなった。

「おかっぱだよね?」

と店主が母に確認する声が聞こえる。

「ええ、バッチリ短くしてください。」

母のその言葉が鋭く突き刺さるように真美の耳に響いた。真美は混乱して、どうしていいのかわからなかった。目の前が少しぼやける。

短く?そんな…

冷や汗が背中を伝う。喉がカラカラに渇いているけど、何も言えない。スカートを握る手に力が入るばかりだった。


真美は椅子に座ったまま、刈布が自分の首元にきつく巻かれるのを感じた。まるでその布が、逃げられない鎖のように思えて仕方ない。胸が苦しくて、呼吸が浅くなる。

もうダメだ…

心の中で何度もそうつぶやきながら、真美はずっと膝の上の自分の手元を見つめていた。何か言わなきゃ、そう思っても、言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。気づけば、店主がいきなりハサミを取り出し、真美の髪に触れた。

「えっ…」

その一瞬の戸惑いも無視するかのように、ハサミが首のあたりでジョキジョキと音を立てた。真美の長い髪は、あっという間に床に落ちていく。髪が短くなっていく感覚が、まるで自分自身がどんどん小さくなっていくような気がした。

鏡なんて見たくない…

真美は目を伏せたまま、ひたすら自分の気配を消すかのようにじっとしていた。何も考えたくなかった。何も感じたくなかった。

「はい、もう少し下向いて。」

店主の声に従って、真美は強めに頭を下げた。その瞬間、耳元でバリカンの音が響く。

嘘でしょ…

その低い音が真美の襟足をなでると、背筋が凍りついたように感じた。襟足が刈り上げられていく。バリカンが肌に触れるたび、涙がこぼれそうになるけど、真美は必死でこらえた。泣くわけにはいかない。悲惨な髪型になるのは間違いない。でも、泣いても何も変わらない。

そして、最後に前髪に手が伸びるのを感じたとき、真美は勇気を振り絞ってぼそっと言った。

「…前髪は、やめて。」

声は小さく震えていたけれど、確かにそう言った。店主は一瞬手を止め、母親の方を見た。真美も母親の反応を感じ取りながら、心の中で祈った。

お願い、やめて…

しかし、母親は無言で手を動かし、ハサミを持つ仕草をした。それだけで店主には十分だったようで、容赦なく前髪にハサミを入れた。

ジョキ、ジョキ。

前髪は眉の上で短く切り揃えられていく。真美はその音を聞きながら、心の中で自分が崩れていくのを感じていた。

刈布が取り払われ、真美は恐る恐る鏡を見た。そこに映っていたのは、お椀を乗せたような丸いおかっぱ頭。襟足は青々と刈り上げられて、ツルツルになっている。目に入った瞬間、真美はすぐに視線をそらした。

こんなの、私じゃない…。

胸がギュッと締めつけられるように痛んだが、言葉にできるわけがなかった。ただ、心の中で悲鳴を上げながら、真美は鏡から目をそむけた。


真美はお風呂場の床に座り込み、タオルで顔を覆ったまま泣いていた。湯気で曇った鏡には、もう長い髪の自分は映っていない。そこには、襟足が青々と刈り上げられ、眉を隠すものもなくなった自分がいる。太くて濃い眉ははっきりと目立ち、前髪もなくなったことで、全てが露わになっていた。

もう、隠すものが何もない…。

真美は鏡を見つめ、ため息の代わりに涙が溢れて止まらなかった。髪が短くなっただけじゃない。長かった髪は、自分を守ってくれる唯一の盾だった。それがなくなってしまったことで、女の子らしささえ奪われてしまった気がする。髪を切られた瞬間、自分の心のどこかも一緒に切り取られたように感じていた。

翌日、学校に行くと、すぐにクスクスと笑い声が聞こえてきた。真美はその場で身を縮こめ、俯いたまま自分の席へと歩いた。男の子たちが遠巻きにからかう声だけでなく、女の子たちの笑い声まで耳に入ってきた。普段なら静かにしている子たちまでが、どこか楽しそうにこっそり笑っている。

もう、何も聞きたくない…。

真美は席に着くと、すぐに教科書を開いた。目の前の文字に集中しようと必死になったけど、頭の中では笑い声がいつまでも響いていた。何もかも忘れたい、そう思って読書に没頭しようとするけれど、心は全然落ち着かない。


放課後、家に帰ってから、ダイニングでおやつを食べ終えた頃、母親が何気なく言った。

「これでお風呂の時間も短くなるでしょ。」

その言葉に、真美の心臓が一瞬止まったような気がした。確かに最近、お風呂が長かった。それは、髪の手入れが大変だったからではない。実は…シャワーを使って、ちょっと良からぬことをしていたからだ。

髪のせいじゃないのに…。

そう言いたかったけれど、喉が固まって言葉が出なかった。母親の目を見返すこともできない。ただ、胸がドキドキするばかりだった。もしかして、母に全部知られているんじゃないか。自分がシャワーでしていたことも、何か気づかれていたのかもしれない。

その考えが頭をよぎった瞬間、真美は息ができないくらい不安に襲われた。視線を落とし、テーブルに置いた自分の手を見つめながら、冷たい汗がじわりと出てくるのを感じた。


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