まずは源田サトシがパチスロ屋を始めた理由
漫画「回胴風雲児」をご愛読頂きありがとうございます。
今回からコラムも書いていいよ! ということで、漫画では伝わらない源田サトシについて当時の営業を振り返りながら書きたいと思います。
読者の皆様も疑問に思われると思いますが、実際に今も昔もよく聞かれる質問で「なぜ25歳という若さでパチスロ屋を経営しようと思ったのか?」そして「なぜ経営できたのか?」というのがあります。
今回は前者の疑問「なぜパチスロ屋のオーナーになったのか」について語りましょう。
源田サトシの実家は生まれつき自営業で、スナックに始まり、小さな鉄工所、金融会社…と、廃業倒産しては次々と新たな商売にチャレンジしていました。小学生の頃、倒産して家に来た借金取りに兄弟3人で対応していた記憶が鮮明に残っています。両親は逃亡していましたので。
そんな家庭で育ったこともあり、自然と普通という感覚が人とは少しズレてしまったのかもしれません。当然ながら自分も何かしらの商売をするものだと信じて、まずはお金を稼ごうと高給を謳った訪問販売の会社へ入社するのでした。そこからの縁で不動産屋へと転職し、とある機会に出会った物件が漫画の舞台「CLUTCH MAX」となります。そして、そのタイミングで親父がとある事件に巻き込まれ留置所へ入ることとなり、多額の借金を背負ったのもこの商売を始めるきっかけの1つとなりました。
しかし、そんな簡単にパチスロ屋って営業できるのか!? その疑問には次号で書きたいと思います。お楽しみに!
初出:漫画パチスロパニック7 2019年2月号