シンデレラコンプレックス
第2話 『冷めた乙女の心を溶かす妙薬』3
世の中には「男」と「女」のふた通りしかない。けれども男と女という記号だけでは説明できないものもある。
人魚姫は、そもそも人間と結ばれる運命にはなかったのだ。
愛に基づく出会いは、男と女というだけでは「運命」を理由づけることはできない。人間と人魚、男と男、女と女、うまくいく人もいればそうでない者もいる。似合いのカップルもいれば、意外なカップルだって存在する。けれどそれが「運命の相手」であれば、その関係は鉄壁なのだ。
だからといって、その「運命」とやらを頭で理解できているわけではない。
(なんであたしが)
どうしたら店長を「好き」だということになるのか?
歩多可にも久末天嶺のことは、前々から「嫌い」だと伝えてあったはず。大好きなナナ江ちゃんの、バイト先の店長が「気に入らない」のだ、と。
「どこが」と言われても、具体的になにがどうということは浮かんではこない。でも、
「そういうことって、あるじゃない? 生理的に受け付けない…とか」
(そうよ、ただイヤなのよ。それのなにがダメ!?)
「なにかあった?」
「なにかあればあんたに言ってる」
「まぁ。…じゃぁなにか言われた? いつも入り浸ってるとか」
「いつもいないひと扱い」
でも、
(言わないだけで本当は…)
「邪魔、とは思ってるかもね」
「でも言われたわけじゃないんだろ?」
「いないひとだからね。ぁ…でも、なにか話をするときはいつも、こう…ズバッというのよ、こっちの気に障るようなことを」
「そりゃ皮肉のひとつも言いたいだろ邪魔なんだから」
「でもそれって大人気なくない?」
「じゃぁ嫌われてるだけじゃないの、ただ単に」
「はっ。そりゃ~よかった。『嫌い』の両思いね。ステキ」
「そこまで言わなくても」
「とにかく気に入らないのよ!」
「もう行くのやめたら?」
「なんでそうなるのよ…」
「だって嫌いなんだろ?」
「でもわたしは…」
「ナナ江ちゃんだって迷惑してるかもしれないだろ」
「そんな…!」
「自分の彼氏『嫌い』とか言われて、気分いい人はいない」
「それは、そうだけど」
「それってさ、ただ拗ねてるだけじゃねーの?」
「な! なんで拗ねる必要があるのよ」
「かまってもらえないから?」
「はぁ? だって別に無視されてるわけじゃないもん」
「だれに?」
「ナナ江ちゃんに決まってるじゃない!」
こんなことで揉めたいわけじゃない。
「もう。いいからさっさとバイト行きなさいよ」
「へいへい。おまえも時間だろ。オレの方が遅いから、戸締りして寝てろよ」
「はーいママ」
歩多可はなにか言いたそうな顔を残して、出掛けて行った。
「あ~。なんだか本当にバイト行きたくなーい」
静まり返った部屋の中に、声を張り上げてつぶやいてみても虚しいだけだった。機械音だけで、だれも答えてはくれない。
「…休んじゃおうかな。そんなわけにはいかないか」
静けさには慣れている。
やさしい言葉なんか、くそくらえだ。
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです