蜜月の刻(とき)
性懲りもなく編集長は、次のインタビュイーを連れて来た。
「コラムは書けない」と言ったら「インタビューに専念しろ」と言われたのだ。
コーヒーデリバリーサービス:笹生多佳恵
「結婚前、まだ主人と付き合う前でしたけれど、自分の経験のなさを知られたくなくて、つい嘘をついたことがあって…」
「どんな嘘ですか?」
次に紹介されたのは、編集室にいつもいれたてのコーヒーを宅配してくれる近所のカフェに勤めるパートの主婦だった。
(絶対、行き当たりばったりで選んでるな…)
とはいえ、企画が進行している以上とにかく取材は必要で、断る理由も浮かばなければ切羽詰まっているのは事実で、ひとまず会議室に落ち着き、彼女の運んできたコーヒーをいただいた。
こんな取材、エレベーターの中ででも捕まって無理矢理承諾させられたのだろうと、申し訳ない思いで声を掛けると、意外にも彼女はすんなりと話し始めたのだ。
「そもそもなんのための嘘だったんですか?」
「若くて、愚かだった…ということでしょうか。相手は同級生だったので、なんとなく処女だと思われたくなくて…」
「いくつの時…だったんでしょう?」
「高校を卒業してましたから、18か19…」
「別に遅い…わけでも、ないですよねぇ?」
「今思えば、ですよね。でも、当時は高校を卒業して処女であることが恥だと思っていたんです」
「なるほど」
確かに「右へ倣え」の学生生活の中で、自分のまわりが早熟であればそう感じてしまう少女たちもまた、少なくはなかっただろう。
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