
シンデレラコンプレックス
第3話 『可憐なだけでは乙女は生き残れない』4
結局、答えに詰まるとここへきてしまう。
メンズショップ『:actor』。
大好きなナナ江ちゃんのいる店。
「あら、いらっしゃい」
微笑む彼女の表情に、心なしか陰りがあるように感じた。
しばらく来ない間に変わったこと…といえば、
「新しい人?」
仰ぎ見る先に、
バインダーを片手に、店内をクルクルと動き回って商品をチェックして歩いている女性がいる。薄手のブラウスにタイトなロングスカート、邪魔にならない化粧と、少なめのアクセサリーが画になる大人の女性だ。
「マネージャー。店全体の売上状況をチェックして、今後の方針を決めるんだって」
『:actor』はチェーン展開している。
彼女、斉木千佐さんは、学生時代からこの店でアルバイトをしていてそのまま就職したベテランなのだという。
「綺麗なひとでしょ?」
「え?」
「そう思ったでしょ?」
「うん」
なんでもお見通し…というよりは、違う空気を感じる。
「で、今日は?」
やってくるなりいつも突飛な質問をされることに、ナナ江も慣らされているようだ。
「あぁ。ちょっと質問」
なんとなく、小声になる。
「いいけど、なんで小声?」
「なんとなく」
「ナナ江ちゃんて、店長のことなんて呼んでるの?」
「なに、いきなり。今日はお姫様じゃないの?」
当然の反応だった。
「お姫様だよ? 美女と野獣」
「美女と野獣?」
「そう。美女と野獣って、しばらくの間一緒に生活してるのにお互いをなんて呼び合っていたのかな~と思ったら、ナナ江ちゃんはどうなのかなって」
「わざわざそのために来たの?」
「今思いついただけ」
「もう…」
珍しく、ため息をついてみせる。
「どのくらいかは解らないけど、お互いを知るに充分な時間一緒に過ごしていたら、だれでも恋に落ちるもの? 例えば、ナナ江ちゃんと店長がこの店に一緒にいるみたいに」
「一緒にいるから好きになるっていうのはちょっと…飛躍し過ぎじゃないかな?」
「なれそめ…とか聞いても?」
「今は言いたくない」
「だよね」
「どうでもいいじゃない」
「そうでもない」
「いつになく突っ込んでくるね」
「店長の名前って珍しくなかった?」
「そう、だね…」
そう言ってナナ江ちゃんは、手元のメモ紙に『天嶺』と記した。
「天…なに?」
「たかね…だよ」
「ふ~ん。たかちゃんとか」
「ユナ…」
軽い睨みを利かせる。
「天ちゃん」
「しつこい」
「ごめん」
「店長…よ」
「え?」
「店長は、店長。まだ、慣れなくて」
「そういうもの?」
「もう、いいじゃない」
「随分とかわいらしい話してるのね」
気づけばすぐ傍に、美女が立っていた。
「千佐さん…」
彼女はくすりと小さく笑って、
「あなたたち本当につき合ってたのね。冗談かと思ってた」
いうだけ言ってその場を去る。
「なんか、棘があるね」
薔薇のような女性だと思った。
「ここの店員て、みんなあんな?」
「ねぇユナ。…言い難いんだけど、もうあまりここに入り浸るのはどうかと思う。だってほら、授業もあるわけだし」
突然の言葉に、なにも言えなかった。
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