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連載『あの頃を思い出す』

   10. あの頃を思い出す・・・3


 ふたりの出会いは中学時代に遡る。
 少子化に伴った学校の統廃合による事情から、それまで小学校と同じように二校あった中学校がひとつになったことがきっかけだった。もともとふたりの家はそれほど離れてはいない場所にあったが、それまで学区の違うふたりが出会うことはもちろん、町ですれ違うことすらなかったのだ。
 当時から深雪(みゆき)が哉士(さいし)に「好意を持っている」という事実は、どこから派生したのか学校中が認識しているような状態にあった。それは一方的でありながらも、相当な効力を持ち、ふたりが「つき合っている」という噂も同時に拡散されていた。
 事実深雪の中では、そんな現実がなくとも「その気」だったことは言うまでもない。ゆえに学年の離れた弟〈圭士〉の耳にはもっともらしい言葉として届いていたし、実際に深雪はよく瀬谷家を訪れていた。
 だが真相は深雪のひとめぼれから始まり、完全なる片思いでしかなかったのに対し、噂の中でのふたりは公認のカップルとして認識されていた。
(兄貴は否定しなかったのか…!? 本当に身に覚えがないのか?)
 瀬谷の中ではいまいち、兄の言った「一度も深雪を抱いたことがない」という言葉も信じがたいことだった。
  確かにふたりの関係は、はた目から見てもそっけないように窺えたが、兄の性格や人柄を考えればそれも別段違和感を覚えるほどのことではなかった。
  なにより哉士は、多くを語らず否定もしなかった。
「子どもができたとき、わたしは『しめた』と思ったわ。少なからず哉士との血縁関係は確保できたわけだから…」
 言いながら深雪は、肩を抱くようにして腕組みをした。
「だけど、それを正直に言ったところで哉士がわたしのモノになることはない。当然、子どもも『おろせ』って言われると思っていたから、ダメもとで『哉士の子どもだ』って言ってみたのよ」
 人差し指を口元に当て軽く首を揺らしながら、当時を思い返しているのか、うっとりとしたような目で空を見上げる。
「狂ってる…」
 独り言のような瀬谷の言葉は、目の前の深雪には響いていないようだった。
(ダメもとで話すようなことかよ…)
 瀬谷はその深雪の行動がとても正気とは思えなかった。
「当然、哉士には身に覚えのないことだから最初は取り合わなかった。でも、子どもの父親が誰なのかは想像がついたみたい」
 そう言って深雪は瀬谷をチラと見た。

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たゆ・たうひと
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです