恋愛体質:BBQ
『友也と砂羽』
2.reminiscence
普段なら怪しいメールに返信などしない。ましてや顔も覚えていない相手の誘いに乗るなど言語道断、まったく有り得ない話なのだ。が、雅水の「チャンスは這ってでも掴む」という必死さに負けた。
ほんの少し、興味も手伝ったかもしれない。
なにせ砂羽に連絡をくれた上石という男は、街コンでいちばん最初に対面した「元ホスト」という経歴の持ち主だった。
雅水に押されるまま、いやいやLINEを返信したものの、さすがに1対1では「イヤだ」とごねていた砂羽。だが、幸い先方から「街コンで対面した4人で」との申し出に、雅水にとっては好都合な運びとなった。
最初の食事は「お酒抜きで」ということでイタリアンレストランを提案。相手は女慣れしているだけあって、お店選びはなかなかなものだった。
それが今、キッチンで和音が纏わりついている男と、テラスでトングを握っている上石の幼なじみだという会社員の寺井だ。
一度会ってしまえば勢いがつくもので、別れ際に「また今度」ではなく「じゃぁ次は」と、話を繋げることも雅水には常識のようで、流されるままに2度3度と、休日を彼らに費やすことになった。とはいえ仕事柄、そう日を詰めて会えるわけでもなく、街コンから既に3ヶ月が経過していた。
そんなある日、
『あれ? トモじゃん』
その声には聞き覚えがあった。
『おぁ。サギじゃん、なに仕事?』
『サギ…?』
(うそでしょ…!)
そう思うと同時、砂羽はとっさに顔をそむけた。しかし、そむけたところで隠れられるわけでもなく、
『え。砂羽? おまえ、小柴砂羽じゃねーの?』
通りすがりのはずの男は、自分のフルネームを言えるだけの顔なじみだった。
『え、知り合い?』
おとなしく流れを見守っていた雅水が食いついた。
『そう、みたいね』
それは実質4度目の食事で、夜勤明けの砂羽を待ち構えていたファミリーレストランでの一幕だった。
本音はさっさと帰りたかった。急患でもあれば断れたものを、その日に限って仮眠まで取れ、いつもなら眠いはずの夜勤明けが深夜テンションのままで、とにかく砂羽はおなかが空いていた。
奢ってくれるというから、化粧直しもせずに急いでやってきた。なのに、なにを焦っているのか雅水は、また彼らと連絡を取り、挙句に「ひとりじゃ心細い」とかなんとかいう理由をつけて砂羽をダシに呼び出していたのだ。
『なに、おまえら。つきあってんの?』
そして結果がこれだ。
『グループ交際でーす』
調子に乗って答える雅水に鋭い眼光を向け「黙れ」とアイコンタクトするも、そんなことはものともせず、
『まぁ、そんなようなものです』
と、めげない雅水の不本意な待遇にうんざりしていた。
結果的に、偶然にも「夜勤明け」だという鷺沢も同席することになり、勢いから今日の運びとなったのだ。
鷺沢は砂羽の高校時代の同級生であり、
『えー!? 元カレ? すごい、劇的な再会じゃん!』
ロマンチストの雅水は、そんなシチュエーションが大好物だ。
『そんなんじゃないよ。なんとなくそんな流れだったけど、結局喧嘩ばっかだったし、高校時代のつきあいなんて蚊に刺されたようなもんでしょ』
そうなのだ。砂羽にとってはその程度の、忘れたい黒歴史にすぎない。
『蚊って、あんた。でも…なんか意外』
それは言葉に対する素直な感想なのか、相手に対する興味の問題なのか、とにかく砂羽にとっては触られたくない過去でもあった。
『トーコには言わないでよ』
『なんで? おもしろいじゃない。てか、これからいい付き合いできそうじゃない』
悪い予感は的中するものだ。そして、弊害を呼ぶ。
なんとなく話の流れで、今日のBBQが計画された。
しかも上石の幼馴染という寺井は、会社員は会社員でもゆくゆくは社長の椅子が約束されているという筋金入りの御曹司。今日のこの場所も、彼の会社の社宅のひとつで、出張や転勤などで地方からくる社員に低賃金で貸している借家のひとつということだった。
「あんな子、来る予定だった?」
とるものもとりあえず、雅水は先に仕込み終えた野菜を手に、テラスの砂羽のもとへやってきた。
「うん。女の子、何人か来るって言ってたよ」
「そうだけど。彼らの知り合い? しかもなんなの、あの子。挨拶もなく彼にべ~ったり」
ちらと、室内の和音に目を向けた。
上石は元ホストというだけあって、いるだけで花がある男だった。
雅水が彼を狙っているかということはともかくとして、自分たちが計画したこのBBQで、数合わせに呼ばれたはずの女の子に大きい顔をされるのは気に入らないのだろう。
だが、鷺沢がこの話を持ち掛けてきた時点で、砂羽にはなんとなく想像のつく展開だった。
「あの子は無邪気なだけよ。昔から」
「あぁ。元カレの妹だもんね~知ってて当然か」
「棘あるな~」
「こんにちわ~」
「お邪魔しま~す」
そうこうするうち「何人か」と言われた女の子たちが到着したようだ。
1.bad premonition 3.uneasiness