シンデレラコンプレックス
第2話 『冷めた乙女の心を溶かす妙薬』4
人間に恋をした人魚姫は、声と引き換えに足を得た。
だが、犠牲を払ってまで得た足も一歩歩けばナイフで抉られるような激痛を伴い、とても笑顔でいられたはずがない。そうまでしても王子との時間を選んだのにはひとえに「恋心」があったから。
それを踏まえて考えるに、わたしの行動は「大好きなナナ江ちゃんに会えるのなら、嫌いな店長がいる店でも辛抱して通っている」とは取れないだろうか。
(ナナ江ちゃんはわたしの王子さま!?)
そうまで考えると『嫌い』に重きを置くのは違うのだろうか。
(もう! 歩多可が余計なこと言うから…!)
友だちに恋人ができたくらいで、なにを思い悩むのか。たったひとりの身内と、しなくてもいいケンカをしてまで?
「こないだ、歩多可くんきたよ」
「へぇ…え? いつ?」
「金曜、いや土曜かな」
ここは駅ビル2階、エスカレーターからほど近い場所に位置したメンズショップ『:actor』。
友人がアルバイトをするこの店に、大学の授業を終えるとまっすぐに出向いてくるのが当たり前になっている。
「先週?」
(店長の話してすぐじゃん…みっともな~)
「なにしに来たの? なにか話した?」
(まさか、店長のこと聞きに来たわけじゃない…よね)
「友だちと一緒だったよ、背の高い子」
「そう。珍しい」
(規矩也くんかな…)
「喧嘩でもした?」
「なんで?」
「なんだか元気ない、みたい?」
「そうじゃないけど。なんていうか、自分の友だちのところに弟が来るのは気に入らないっていうか」
「別にあたしに会いに来たわけじゃないし、買い物に来たわけだから」
「そうだけど」
「誕生日のプレゼントを買いに来たって言ってたよ」
「ふ~ん」
「あたし的には、ユナのおかげでいいお客さん紹介してもらった~って感じだけど?」
「役に立ってるならいい」
「またそんな言い方して」
「他になにがある?」
「そうだけど。姉思いのいい弟さんだなって」
「歩多可が? 余計なお世話」
「でも仲いいよね」
「まぁ…お互い、みなしご同士のようなものだから」
「ユナちゃん、弟いたんだ」
「え?」
不意にうしろから声を掛けられ、鼓動が跳ねる。
「店長…」
ナナ江ちゃんと、思わず言葉が被った…それがなんだか後ろめたく感じた。
「先週、ベルトを買いに来てた子たちですよ」
そうナナ江ちゃんが答えると、
「へぇ、どっち? 背が高い方?」
微笑みながらカウンターに入っていく店長。
「…じゃ、ない方」
「ふ~ん。似てないね」
カウンター越しに並んで会話するふたりが、まるでひな壇に座る新郎新婦のように見えて、途端に会話から弾き出されたような気分に駆られた。
「腹違いなので」
「え。あぁ、そうなの? なんかごめん」
(へぇ、そんな顔もするんだ)
「いえ。別に隠すことでもないし」
なんとなく気まずくなって、そのまま店を出た。
「気に障っちゃったかな」
「大丈夫だと思いますよ、その程度は」
「その程度?」
「中身はもっと複雑だから」