待ち時間のえちゅーど
それはとあるコンビニエンスストアの駐車場から始まる・・・・
時間調整のために立ち寄ったコンビニは、建物の背中に駐車場が位置していて、必然的に似たような車が並んでいる。
ハチロク好きであろうことが想像される隣の車は、明らかに昼寝の最中。どのくらいそこにいるのかは定かではない。
そのまた隣の車は4WD、ドアの開く音と共に出て来たのは、休日にふさわしくハーフパンツにアイロンのかかったシャツを着た壮年男性。彼はかわいらしいマルチーズを抱いて横断歩道に向かった。
(コンビニに車を止めて散歩?)
なんとも都会らしい風景だ。
ちょうど彼が横断歩道を渡り切り、リードのついたマルチーズを歩道におろす頃、再び4WDのドアが開き、今度は彼の妻らしき細身の女性が、茶色いプードルを抱いて横断歩道に向かった。
(多頭飼いか、なんとも優雅な…)
でもなぜ時間差で?
しかも彼女も同じように、横断歩道は愛犬を抱いて渡り切り、向こう側についてからプードルを地面におろした。と思ったらまたドアの開閉音がして、今度は夫婦どちらかの母親だろうか、若干腰が曲がり気味の婦人が横断歩道に向かっていく。
珍しい取り合わせで出掛けて来たものだな。天気がいいから散歩でも…といった感じだろうか、余計なことが気にかかる。
婦人が向こう側についたタイミングで、壮年男性は妻に自分が抱えていたマルチーズのリードを手渡し、そして妻はもう一方の手に持っていたプードルのリードを婦人に持たせた。
(なにこのリレー)
なぜわざわざ横断歩道を、犬を抱いて歩いて渡った先でおろすのか。横断歩道に危険なものでも落ちていたのだろうかと目を凝らす。車通りも少なく別になんの危険もなさそうな見通しの良い横断歩道。しかも時間差で、見届けるようにドアが開くタイミング。そんな不思議なリレーの行く末を見守る。
(多少なりとも駐車場への罪悪感だろうか)
いちばん体力のありそうな壮年男性は手ぶらになり、ひとり左側へと歩き出した。残された妻と婦人は、なにごともなかったようにその先の公園へと歩みを進め姿を消していった。
不思議な散歩のルーティン。なんだかおもしろい。
そうこうするうち、今度は4WDの向こう隣の車のトランクが開いた。梅雨とはいえ、その日は晴れ間が広がり、なんだったら小汗をかくほどの陽気だというのに、トランクを開けた恰幅のいい紳士は、高校生が制服の上に羽織っているようなしっかりとしたカーディガンをボタンを締めて着込んでいた。
(タクシーの運転手さんみたい)
そう思ったのも当然で、あとあと見てみれば4WDの向こう隣の車は、きれいに磨かれた黒いタクシーだった。しかも個人ではない。
ならば紳士は勤務中のはず。お客を乗せていた様子もないのに、トランクを開け、なにか荷物を取り出してコンビニの先の方へと歩いて行く。
(休憩中なのかな?)
そう思ったのも束の間で、なんと彼の手にあったものはレンタルビデオによくみられるビニール製の手提げ袋だった。勤務中に返却に行くらしい。休憩中ならいいが、勤務中であったなら職務怠慢ではなかろうか? タコメーターなどはついてないのか…と余計な心配をする。
紳士を目で追う道すがら、今度はコンビニエンスストアの角地に群がる若者に目が行く。なぜ若者はいつも、角地に群がるのか…駐車場から店に向かうところにたむろされていると、それが好青年だったとしても群れは怖い。なぜなら彼らは大声で笑う。その笑い声になぜかびくびくしてしまうのだ。
待ち合わせだから角地なのか、しかしながらそんなに大きなバイクを運び込むなら、きちんと駐車場に停めてはどうだろう? 提案したいがそれは無理。笑い声が怖いから? いいや、ただうざがられるだけで終わってしまうことが想像できるからだ。
しかし青年たちは、明らかにコンビニに買い物に来た風情ではない。偶然なのか待ち合わせなのか、とにかくその場所を選んで談笑している。大声で笑いながら…。なにがそんなにおかしいのか、いや、楽しいのだろうか? 自分にもそんな年齢の頃があったが、コンビニの角地で大声で笑い合うことはなかったと振り返る。
ここで一旦トイレ休憩。
こちらも無断駐車と思われてはしょうがない。ちゃんと理由があって停車しているのだとアピールしなければならない。自分は、ここにしか売っていないクッキーを買いに来たのだ。
角地に固まる青年集団がはけるのを待っていたつもりだが、どうにも動きそうにもないし、こちらもいよいよ限界だ。意を決して車外へ出る。
しかし、コンビニの駐車場に数分停まっているだけで、いろいろなドラマがあるものだと感心しつつ、青年の脇を通り過ぎる。そんなことを考えながらここにいる自分がいちばんどうかしてるとも思うが、性分だからしょうがない。
お目当てのクッキーを手にして車に戻ると、やはり4WDの向こう隣はタクシーだったと目で確認できた。確認できたところでなんのことはないが、さて先ほどの紳士はどこまで行ったのだろう。
車に戻ってクッキーの袋を開ける。ここへ来る前に立ち寄ったカフェのラテを片手に、至福の時間を堪能する。と、目の前を記憶に新しい人物が横切っていく。先ほどの紳士だ。同じ袋を手に戻ってきた。
(また借りて来たんだ)
中身はどうでもいいが『タクシードライバーの推理日誌』だったら面白いなと、口元が緩んで視線を泳がせる。だれかが見ていたらさぞ気持ち悪がるだろうと思うが、だれも見てなどいない。そしてそんな行動の自分がおかしくてまた笑う。
どうやらタクシーは、いよいよ職務を遂行する模様。エンジンがかかる音がして、旋回。タクシーはお行儀良く、ウィンカーを出して去って行く。
(白い手袋は、みんながみんなしているわけではないんだな)
丁寧な手元を見送りながらラテを飲む。
すると今度は横断歩道から、先ほどの4WDの家族がそろって戻ってくるのが見て取れた。行きは愛犬たちを抱っこしていた横断歩道を、今度は歩かせて戻ってくる。ならば先ほどの行動はなんだったのか? 散歩で汚れた愛犬を胸に抱こうとは思えなかったのか、今度は壮年男性がプードルのリードを持ち、婦人がマルチーズのリードを持っている。なんとも興味深い行動。どこで3人が落ち合ったのか、どういう理由でリードのリレーがなされているのか、無意識なのだとしたらまたそれも面白い。それが家族だろうか。そうじゃなくても絵になる、微笑ましい光景。
そこで携帯電話のベルが鳴った。そろそろ時間だ。
我が家の愛犬のトリミングが「終わりましたので、お迎えお願いします」という連絡。隣で寝ている妻を起こして、こちらもここを去ろうと思う。
角地の青年たちはまだ笑っていた。なにがおかしいのか解らないが、今となっては清々しい笑顔にさえ感じる。さて帰ろう。
この次ここへ立ち寄る時は、自分も妻と車を降りて、道路向こうの公園にでも行ってみようかと思いながらコンビニを出る。いや、この際無断駐車は勘弁してもらって、もしかしたらだれかに、わたしたちの詮無いドラマを語らせる事態になるかもしれない。それもまた待ち時間のエチュード、ちょっとした即興。