見出し画像

連載『あの頃を思い出す』

     5. 誘惑の合言葉・・・3

「図星…じゃないですよね」
「んー、そうじゃない。そういう考え方もあるかと思って」
 浮かんでくるのは我が子の顔である。ハルヒの忘れ形見…聞こえはいいが、それはなにかから逃げる為の手段に過ぎなかったのかもしれない。そう思うとあのかわいい子等に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「やーだ、他人事みたい」
「そう?」
 他人事であって欲しかった。知らなかったとはいえ、毎日訪れる瀬谷に面影をダブらせていたかもしれない。ただそれが経場(けいば)だと意識していなかっただけで、しかし無意識の方が罪のような気がする。
「あたし、このまま瀬谷くんと付き合っていいのかな?」
「なに言ってんですか、今更。好きなくせに」
「そう見える?」
 他人から見ればそう見えるのだろうか。
「寝ぼけてんですか?」
「でも年が…」
「年下は流行でしょ。しかもふたつ?」
「流行を追ったわけじゃないわよ」
「いいんです、独身なんだから」
「でも子持ちよ」
 今更気にしたものでもないだろう。そんなカップルは今じゃどこにでもいる。子持ちや、バツ一だっているだろう。しかし尚季にはそれが悪いことのように感じられて仕方なかったのだ。その上で瀬谷を牽制していたのではなかったのか…と改めて自分を責める。
「それを言っちゃふりだしでしょう? どうしたんですか、らしくないですよ。プロポーズでもされたなら話は別ですけど」
「プロポーズ? まさか、あるわけないじゃない」
「そうか、まだか」
 そこを聞きたかったのか、ありさは一旦話を止めた。
「わかんないですよ、案外もう指輪なんか用意してるかもしれないじゃないですか。あ、でも、結婚したら自分の子どもが欲しくなるか。まだまだ産めますよね」
 明るく返す。
「ちょっと待ってよ、ありさちゃん。どうしてそうなるの?」
「結婚です。しますよね?…すぐじゃなくても」
「そんなの」
「わかんないでしょう?」
「まだそんなこと考える年じゃないじゃない」
「わかんないですよ。結婚願望強いかもしれないし」
「ただ付き合ってるだけじゃだめかなぁ」
 それだけの関係なら誰も悩みはしないだろう。
「それはずるいでしょう」
「ずるい?」
「あ、いや。…わかんないですけど。いずれ考えないとも言えないじゃないですか、お互い」
「考えてなかった」
 尚季自身、結婚はもう「ないもの」と思っていた。しかし瀬谷はどうだろう。やはり、このまま瀬谷と付き合っていくのは難しいことかもしれない。

いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです