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連載『あの頃を思い出す』
2. 重なる偶然=必然・・・10
「経場(けいば)くん…そんな風に呼んでんだ」
「いいじゃない、そんなこと。…もしかして確認するために呼んだの?」
「ちがう!」
「お前の昔の女は、こんなところにいるって?」
「ちがうって。それは違う。あいつ、急に『車貸せ』って言ってきて、今日だってあのほんのちょっと前に携帯で『これから行くから』って。オレ、携帯切ってて…来るって知ってたら」
「知っていたら?」
どうするつもりだったといえるだろう。なにを言うつもりだろう。
「オレは」
「そうね。知ってたら、近付くどころか、図書館にさえこなかったでしょうね、きっと。それとも皮肉のひとつも言いたかったのかしら」
瀬谷がなにを言っても今日は、すべて裏目に出てしまうようだった。
「ごめん。とにかく、オレ、尚季(ひさき)さんが気にするようなことはしてないから。それにあいつ、オレが尚季さんのこと好きだなんて知らないし」
どさくさに紛れて言うべきことだけは忘れない。
「だから…」
「瀬谷くんは、どこまで知ってるの?」
「なにも…」
過去とはいえ、尚季にとってはあまり自慢できる思い出ではない。不可抗力だったとはいえ、不倫は不倫なのだ。軽蔑されても仕方がない。
「女がいたのは知ってるけど。本当に、誰かは、知らなかった」
嘘だ。
尚季はそれをどこかで確信していた。だからと言って問い詰めてどうなるものだろう。自分の過ちをさらすだけだ。
「さっき図書館で『昔の女だ』って、聞かされただけ。随分驚いてたよ」
「昔のおんなぁ?」
「『いい女だろ』とも言ってた」
「あーそう」
どこまでも呆れた男だ。
「ホントに、偶然なのね…」
そんなことは信じてはいない。
いつか交差点で経場と遭ったときのことを思い出していた。まさかあの後「つけられた」とは考えにくいし、瀬谷の言うこともまったくの嘘ではないようだ。
「瀬谷くん、知っててあたしを観察してるのかと…なにか思い知らせてやろうって…」
「だったらオレ、今こんなに必死に口説いてないよ」
確かに、瀬谷の目は必死だ。どうもこういう素直な感覚について行けない。
「昔のことだろ」
他人事のように言い捨てる。
(そうだけど…)
「そう、もうずーっと前のね。だけど、正直言って、あたしとしてはあまりいい気分じゃない。…それとも、ちゃんと話した方がいいのかな」
一瞬息を呑む。
瀬谷としても、気にならないはずはなかった。ましてや自分の好きな相手が、かつて自分の兄と付き合っていたなど、本当なら兄貴に問い詰めたいところだ。しかし。
「オレ、あいつには負けないから。あいつみたいにいい加減に…ぁ、あいつがいい加減なキモチだったかは知らないけど、とにかく、その」
「いいよ、もう」
「よくないよ! オレ、ホントに本気で」
「ストーップ。いい、もうわかったから」
「言わせてよ、オレ」
身を乗り出してくる瀬谷。また抱きすくめられたらたまったものじゃない。今までの努力がすべて無駄になってしまう。
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