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連載『あの頃を思い出す』

    4. 雨降って地、現る・・・2


「まったく。…そういえばホントに、最近静かね」
 日中のイライラがないせいか仕事が捗るのは事実。経場(けいば)に関して言えばほんのきまぐれだったのだろうと言える。
 しかし、連絡もなしに5日も音沙汰のない瀬谷は瀬谷でらしくもないし、2日はあっても3日目には必ず図書館に顔を出していた彼の動向が気にならないわけではなかった。
(本気で出方を変えたのだろうか…)
「まさかね。…仕事仕事」
 崩れた本を見下ろしながら溜め息一つ。
「あ~ぁ…」
「尚季(ひさき)さ~ん」
 そろりと顔だけを出すありさ。その表情を見る限り、またなにか企んでいる含み笑いが見て取れる。
「今度はなにが来たの?」
「来ました、ホントに」
「だからなに?」
「うわさの彼です」
「どっち?」
「え」
「いい、なんでもない」
 バカな質問をしてしまった。
「瀬谷くん。なに、こんな時間に」
 うわさの彼は玄関先に立っていた。
「もう、頭ぐらい拭きなさいよ」
 エプロンのポケットからハンカチを取り出し、顔にかかる雫を拭ってやる。
「ごめん。すぐ乾くし、急いでたから」
 たった今プールからあがってきました…という出で立ちで、ジャージ姿ではあるものの髪がビシャビシャで肩が濡れていた。
「水も滴るいい男」
「もう、ばか言って…それにしたって、タオルくらい持って歩けるでしょう」
「はーい、まーま」
 手を上げて答える。
「なによそれ」
 噴出しながらハンカチをポケットに仕舞い込む。
「一葉(いちよう)のまね。あいつは俺の一番の天敵だからな。よーく把握しておかないと」
「なんでよ?」
「この間邪魔されたし」
「じゃま?」
 訝しんでみる瀬谷の口元は、キスをするように突き出す。
「ふざけないの。そんなこといいにわざわざ来たわけじゃないでしょ」
「そうだった。明日、空いてる? 月曜だから休みだよね」
 少し考えるようにして目を上下させる。
「特別、予定はないって思うけど…」
 もったいつけているわけではない。これはいつも瀬谷を牽制していたための癖なのだ。
「遊園地行こう、ちびたち連れて」 
「行きたい!」
 ぱっと顔色が明るくなる尚季。一葉と一花(いちはな)を連れてなど、この頃のお出かけと言えばお墓参りくらいで、しばらく行楽地へはいっていない。
「今生徒の母親に割引券貰ったんだ。今月いっぱいだからもう休みないだろ、明日しか」
「それで急いできたの? 電話でもよかったのに」
 とは言うものの、瀬谷らしい行動に微笑む尚季。
「来月になっちゃうと、俺も動けないから」
 梅雨に入ると夏休みに向けスイミングスクールの募集が始まる。7月に入れば近隣の小学校が夏休みになり、インストラクターとしてばかりでなく監視員の仕事も加わるのだ。
「でも、ここんとこ忙しくて顔も見てなかったし」
「またそんなこといってる。…あ」
 一瞬、尚季の顔が強張る。

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